いろいろな願掛けをした40人に効果があったか聞いてみた

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30歳女 東大阪石切神社お百度参りで願掛け 父の手術成功で幸せ

京都出身、大阪在住。

30代女です。

私が京都から大阪へでていくきっかけになったのは大学への入学でした。

年のせいもあってか日頃からなにかと自分への行動に口出しをしてくる両親の元を離れたい一心で実家を離れ大阪へ。

ひとり暮らしを始めたわけでもなく、友人の家を渡り歩く、いわゆる「居候」生活。

幾度となく 「どうしているのか」「生きているのか」「たまには帰ってきなさい」という親の言葉に耳も貸さず周りになにも言う人のいない新鮮さと開放感とに心躍って、朝まで友人と遊んだり、飲んだくれたり悠々自適な毎日を過ごしていました。

そんな生活がしばらく続いたある日、母親から一本の電話が。

現代の主流の連絡ツールといえばラインであったのでかかってきた電話に妙な胸騒ぎを覚えたことは今でもはっきりと記憶に残っているのですが、予想はズバリ的中しました。

「お父さんが近々肝炎で手術をするよ」と。

こういう時って頭が真っ白になるというのをよく聞きますが、私の場合変に頭が冴えてきて言うことを聞かず家に頻繁に帰らなかったことはもちろん、今までの父親との思い出が走馬灯のように駆け巡って、居ても立っても居られなくなり翌日には東大阪にある石切神社へ自然と足が赴いていました。

石切神社を選んだ理由は縁切りの神様だから。

父と病気が関係を断ち切れればとの想いから本殿前でお参りして入口に戻り再び本殿前でお参りすることを百回繰り返す「お百度参り」をひとりでおもいを込めて半日かけて行いました。

効果のあるとかないとかではなく何かにすがりたくなったことは生まれて初めての経験でしたが父の手術当日の日も妙に心落ち着かせて立ち会うことができ、幸いなことに手術も無事成功。

私のお百度参りの効果があったのかは不確かですが、父が元気でいてくれたことがなによりの幸せです。

これからは自分自身の年齢も年齢なので、できる限り親や兄弟とコミュニケーションをとりながら一緒に歩んでいければなと思っています。

みなさんも大切なひととの過ごし方を今一度見つめ直してみてはいかがでしょうか。

33歳女 稲荷神社で願掛けしてまた妊娠できて感謝

今年の7月末に出産したばかりの主婦です。

旦那とは結婚3年目です。

私は結婚当初から、すぐにでも子どもを授かりたいと思っていました。

そのため、食生活に気をつけたり、妊活女性向けの鍼やお灸にも通っていました。

そして、去年の6月に妊娠が発覚し、私は念願叶って大喜び、旦那もとても喜んでくれていました。

しかし、残念ながら妊娠初期だった7月に流産してしまいました。

私は言葉にできない程の悲しみに襲われ、塞ぎこんでいました。

このままではだめだと思いながらも、何をしても心からは笑えなかったり楽しめない日々が続いていました。

そんな時にふと近所に稲荷神社があることを思い出し、8月の暑い日でしたが、一人で散歩に出かけました。

そこには、願掛け狐という、狐の体に願い事を書いて納めるものがありました。

当時の私は、藁にもすがる思いだったというか、少しでも心の悲しみを和らげたかったので願掛け狐をやってみることにしました。

狐の体には「私たち夫婦のところにまた赤ちゃんが来てくれますように」と書きました。

思わず泣きそうになりました。

神社に置いてあったマジックペンを使ったのですが、細書きのインクが全くでなくて書けず、太書きにしたらそのインクもあまりでず、書きづらくてきれいな字で書けませんでした。

狐はとても良い感じなのにそこが少し残念でした。

でもその願掛け狐を納めると不思議と心が落ち着いて、深い悲しみの中でもまた少しずつ前に進みたいという思いが出てきました。

その願掛け狐から3ヶ月後、妊娠が発覚しました。

また流産したらどうしようと前回のように手放しでは喜べませんでしたが、こんなに早くまた妊娠できたということに驚くと共に感謝の気持ちでした。

私は願掛けというものを完全に信じているわけではないのですが、心がモヤモヤしているときは何かしら行動してみると良いのかなと思います。

何よりも願掛けをすることで自分の願いに向き合える機会をもらえて良かったです。

現在は無事に出産した息子も生後1ヶ月半となり、元気に過ごしています。

ひとつアドバイスをするとしたら、私の願掛けはインクの出ないペンで書きづらかったので、書きやすいマイペンを持っていくことをオススメします!みなさんの願いも叶いますように。

28歳男 禁酒で願掛けして転職に成功

私は28歳の男性会社員で普段は配送関係の仕事をしているのですが、実は私はここぞという時に願掛けをしています。

今までに何回か願掛けをしたことはあるのですが、今回はその中でも特に印象に残っている出来事について書きたいと思います。

その出来事があったのは今から約5年ほど前の話で、当時の私は以前勤めていた会社を辞めて転職活動の真っ只中でした。

前職を辞めた1番の理由は長期出張が連続したことで、1年間の長期出張が終わった直後に別の場所に3年行けと言われてしまったので、それがきっかけで辞めることを決意しました。

特に準備もせず転職先も決まってない状態で仕事を辞めたので、なるべく早く次の仕事を見つけようと思ったのですが、元々あまり面接が得意では無かったのもあって不採用がずっと続いていました。

それを想定して仕事を辞めてすぐ実家に戻っていたので、生活に困るような状況になることはなかったのですが、何度も何度も不採用が続くと不安になってきました。

その後もずっとそんな感じで途中で折れて何もしなくなった時期なども含めて、気が付けば半年くらい転職先が見つからない状態が続きました。

流石にこのままだと不味いと危機感を感じるようになりましたが、頑張っても全く上手くいかないのでこれはもう神頼みしかないと思って願掛けをすることに決めました。

願掛けの方法は別に何でも良かったのですが、やはり何かしら自分に試練になるようなことが良いと思いました。

そこで大好きなお酒を断つことを決心し、転職先が見つかるまでは絶対にお酒を飲まないことにしました。

正直お酒を我慢するのは本当に辛くて大変でしたが、願掛けをしたことで少しだけ自信がついて前向きになれたので、より転職活動を頑張ることが出来るようになりました。

その影響もあってか願掛けを始めてから1ヶ月も経たないうちに転職先が決まり、現在勤めている会社に就職することができました。

願掛けがどの程度影響したのかは分かりませんが、無事に願い事が叶ったのでとにかく良かったと感じています。

アラサー女子2人、インドのお寺で願掛けして大成功

YUKI、アラフォー女性です。

今回は、インドのお寺で願掛けしたら、願いが叶ってしまった話をします。

そもそもなんでインドに行ったかと言えば、前の会社を首になったらからです。

インドの女友達に、急に会社を辞めることになったと話したら「YUKIさ~ん、インドに遊びに来て下さ~い。

」と言うので、面白半分で行ってみることにしました。

彼女は私と同い年で、旦那さんと二人インドに暮らしています。

滞在期間中は、家に泊めてくれるというので、ビザを取ってそそくさと出かけていきました。

インドに行くのは初めてだったんですが、女性一人じゃ危なくて街なんて歩けたものではありませんでした。

友達って素敵だな、と思いましたね。

滞在期間中、その友人と二人旅に出かけました。

インドはお寺がたくさんあって、二人で色々と巡りました。

日本のお寺は、静かでひっそりと参拝するものですが、インドのお寺は常にマントラが聞こえてきて、非常に賑やかでした。

そして、僧侶がお布施のお金をみんなの前で数えていました。

恐るべし大国、インドだなと感じました。

せっかくなので、僧侶にお参りしました。

そこで、願い事を2人でぶつぶつ言うと、額に絵の具のようなもので印をつけてくれるのです。

インドの人がおでこにつけているビンディーのようなものです。

それから、腕に赤い紐を巻いてくれます。

意味はよく分からないのですが、プロミスリングのようなものとして、しばらく着けておきました。

インドから帰ってきて、すぐに会社の面接に行きました。

仕事を辞めてからは一社目、あまり期待していなかったのですが、条件も良かったし、決まるといいな、と思っていました。

インドで着けてもらった紐は、切ってしまうのがもったいなくてなんとなくつけたままにしていました。

しばらくして、その会社に採用されることになりました。

さすがインドのお寺、あれだけの人口の願い事を叶えるんだもんな、と変に納得しました。

一方、私の友人はというと、私の仕事が決まってすぐに、子供を授かったみたいです。

2人して、願いが叶ってしまいました。

インドは危険なので、あまりお勧めはしませんが、願い事がある人は行ってみるといいかもしれませんね。

きっと願いが叶いますよ。

元彼と復縁成功!清水寺境内の「地主神社」で願掛け

30代の主婦です。

私は、高校2年生の頃、4ヶ月以上前に振られた元彼との復縁を強く願っていました。

振られた当時は、ショックでご飯が食べられなくなり、5kgも痩せ、心身ともにとても辛かったです。

そんな矢先、高校の修学旅行があり、京都の清水寺へ行きました。

清水寺といえば、「清水の舞台」が有名かと思います。

私も、行ってみるまでは、それしかイメージにありませんでした。

しかし、実際に行ってみると、清水寺の境内には、「地主神社」という恋愛成就で有名なスポットがあり、多くの人で賑わっていました。

幸いなことに、地主神社も修学旅行で巡るコース内に含まれていたので、私は、ここぞとばかりに恋愛成就のお守りを購入したり、恋愛おみくじを引いたりしてみました。

おみくじの結果は…まさかの大吉!私の中で、元彼との復縁は「希望の見えない片思い」だと思っていたので、おみくじの結果にとても励まされました。

その後、石段を登っていくと、「恋占いの石」と呼ばれるパワースポットを発見。

恋占いの石は2つあり、その大きな2つの石の間を、目を瞑ってスタートの石から反対の石まで無事に渡りきれば、恋愛が成就すると言われています。

クラスメイトが皆、明るくお喋りしながら石と石の間を歩いている中、私は、ものすごーく真剣な気持ちで、石と石の間を渡りました。

「無事に渡りきれなかったら、どうしよう…。

」と心配でしたが、意外にも無事に渡りきることができ、ホッとしました。

そうして、地主神社の恋愛の神様に勇気をもらった私は、修学旅行から帰ってから、再度、元彼に告白をしてみました。

(実は、それまでにも何度も復縁を迫ってきたものの、その度に毎回振られていました。

元彼からの返事は、なんとOK!!!とても嬉しくて、私は元彼の前で泣いてしまいました。

その後、元彼とは3年間位お付き合いが続きましたが、現在の私は、別の人と結婚しています。

私は、この体験をするまで、正直、あまり「願掛け」には興味がなく、効果も信じてはいなかったのですが、これ以降は、神社という空間が大好きになり、今でもたまに落ち込んだ時には、近所の神社に行っています。

もし恋愛に悩んでいる方がいたら、「願掛け」の効果云々等の難しいことはあまり考えずに、一度、神社へ行ってみてはいかがでしょうか。

おみくじでの結果次第では、告白する勇気がもらえる等のラッキーなことがあるかもしれませんし、ひょっとしたら、神様があなたの願いを叶えてくれるかもしれません。

39歳男 宝くじに毎日願掛けをした結果10万円当たりました 歓喜

私は39歳の主にIT関係の記事を執筆しているライターです。

しかし、収入は毎月不安定で、将来も不安でたまりません。

もちろん、結婚することも今の経済状況では無理なので、もっとお金を稼ぎたいといろいろと模索しているところです。

私が宝くじを始めたのは、ライターになる前に勤めていたIT関係の会社の上司が宝くじを買うことを趣味にしていたからです。

帰りの駅の近くにある宝くじ売り場で買っていました。

その上司曰く「買わなければ当たらない、買っていればいつかは当たる」ということで、私もとりあえずバラで3枚だけ買いました。

上司は「さすがに3枚だと生きているうちに当たるかわからないぞ」と笑っていましたが、お金もあまりなかったので、とにかく希望を買う感じで3枚だけ買いました。

それだって当たる可能性はあるのだから、私にはそれで十分でした。

その会社をやめたあとも、なぜか宝くじを定期的に買う習慣は変わりませんでした。

今買っている宝くじが当たったらと妄想することが楽しくなっていたのです。

もちろん、はずれてばかりでがっかりしていましたが、次は当たるかもという気持ちは消えません。

そのうち、風水の本などを読んで、当たる確率があがるような願掛けも始めました。

もちろん、本当にそれで当たる確率があがるかは半信半疑でしたが、宝くじが立派な趣味になっていて、願掛けも趣味の一環という感じで行っていました。

何より、願掛けだけならばお金もかからないので、良い趣味だと思います。

風水の本に書いてあるように、あまり空けない静かな引き出しに、黄色い袋に宝くじをいれて保管ました。

そして、そこからは我流ですが、その引き出しに向けて毎朝毎晩と当たりますようにとお祈りしました。

そうやって願掛けを始めて4回目の宝くじで、1等組違いの10万円が当たったときはとても喜びました。

3枚しか買わなくても当たりましたよと、以前の上司に電話すると、「すごいな!」と驚いていました。

願掛けをして良かったことはもちろん宝くじに当たったことですが、それよりも毎日宝くじに願掛けをすることできっと当たるという気持ちがなぜか湧いてきて、仕事で落ち込んだ時も前向きになれたことです。

願掛けで後悔していることは特にありませんが、いくら願掛けしても3枚では当たらないよと茶化されることがあったので、願掛けのことはあまり人に言わないほうがいいなと思いました。

後で知ったのですが、願掛けは人に話すと効果が減るという話もあるので、余計に今度からは願掛けは内緒でしようと思いました。

52歳女性、小学校低学年のとき父親が恐怖でした

私は50代前半の専業主婦です。

窮地に立たされた時など、よく願掛けをしてきましたが、何を差し置いても、一番心に残っている願掛けといえば、今からお伝えします、私が小学校の中学年の時の、マリア様へ、手を合わせ強く強くお願いをしていたことをお話したいと思います。

とても辛くて重い内容で、誰にも話せない、これからも周りの誰かに話すことはありません。

この場所をお借りして、今だから話せる、ここでしかお話の出来ない事実を書かせていただきます。

マリア様というのは、高さが20センチくらいの白い像で、半分物置となっていた、姉と私が寝ていた部屋に置いてあった像の事です。

当時、父親が酒乱で、外でお酒を飲んで帰って来るのが分かるのが、家に辿り着く100メートル位先から、酒に酔った怒鳴り声が聞こえ来るんです。

その声が段々近づいて来て、帰宅となります。

それからが本当に大変で、家の中で大声で「ぶち暴れてやる」とか「「ドス持って来い」とか「コノヤロウー」とか、それはそれは恐怖でしかありませんでした。

その上、襖を壊したり、食器を壊したり、テーブルを壊したり、母親が殺されるんじゃないかと、ブルブル震えていました。

深夜、恐怖の余り、家から逃げ出したことも度々ありました。

お酒が入らないと静か、と言う訳でもなく、気に入らないことがあったり、気に障ることがあったりすると、テーブルをひっくり返して食器と食べ物をぐちゃぐちゃにするは、テレビをひっくり返してブラウン管を壊したり、今でこそ、DVとかハラスメントという言葉が当てはまりますが、当時はひたすら、願をかける事しか、私にできるものはありませんでした。

そこで、マリア様はすごい力を持っているはず。

マリア様に助けて欲しくて、すがるようになりました。

手のひらを合わせて、気持ちを強く集中し念じました。

「お父さんがお酒を飲んで暴れませんように」「お願いします、お願いします、お願いします」と何十回も念じました。

願いが通じたのか、暴れない時は、マリア様に感謝の言葉言いました。

でも、願いが通じない時の方が多く、マリア様の像に願をかけてもかけなくても変わりないことに、ふと気付き、徐々に願掛けはしなくなりました。

父親はといえば、その後、物は壊さなくはなりましたが、私が27歳で家を出るまで、罵声は続き、近所の人とも怒鳴り合いのケンカをしたり、治りませんでした。

私は母親に何度も「出ていこう」と言ったのですが、出てっても、どこまでも追いかけてきて殺される。

と言っていました。

母親は体が弱くて、気の弱い人で、50代前半に他界しました。

私は50代前半の専業主婦です。

窮地に立たされた時など、よく願掛けをしてきましたが、何を差し置いても、一番心に残っている願掛けといえば、今からお伝えします、私が小学校の中学年の時の、マリア様へ、手を合わせ強く強くお願いをしていたことをお話したいと思います。

とても辛くて重い内容で、誰にも話せない、これからも周りの誰かに話すことはありません。

この場所をお借りして、今だから話せる、ここでしかお話の出来ない事実を書かせていただきます。

マリア様というのは、高さが20センチくらいの白い像で、半分物置となっていた、姉と私が寝ていた部屋に置いてあった像の事です。

当時、父親が酒乱で、外でお酒を飲んで帰って来るのが分かるのが、家に辿り着く100メートル先から、酒に酔った怒鳴り声が聞こえてきました。

その声が段々近づいて来て、帰宅となります。

それからが本当に大変で、家の中で大声で「ぶち暴れてやる」とか「「ドス持って来い」とか「コノヤロウー」とか、それはそれは恐怖でしかありませんでした。

その上、襖を壊したり、食器を壊したり、テーブルを壊したり、母親が殺されるんじゃないかと、ブルブル震えていました。

深夜、恐怖の余り、家から逃げ出したことも度々ありました。

お酒が入らないと静か、と言う訳でもなく、気に入らないことがあったり、気に障ることがあったりすると、テーブルをひっくり返して食器と食べ物をぐちゃぐちゃにするは、テレビをひっくり返してブラウン管を壊したり、今でこそ、DVとかハラスメントという言葉が当てはまりますが、当時はひたすら、願をかける事しか、私にできるものはありませんでした。

そこで、マリア様はすごい力を持っている。

マリア様に助けて欲しくて、すがるようになりました。

手のひらを合わせて、気持ちを強く集中し念じました。

「お父さんがお酒を飲んで暴れませんように」「お願いします、お願いします、お願いします」と何十回も念じました。

願いが通じたのか、暴れない時は、マリア様に感謝の言葉言いました。

でも、願いが通じない時の方が多く、マリア様の像に願をかけてもかけなくても変わりないことに、ふと気付き、徐々に願掛けはしなくなりました。

父親はといえば、その後、物は壊さなくはなりましたが、私が27歳で家を出るまで、罵声は続き、近所の人とも怒鳴り合いのケンカをしたり、治りませんでした。

母親に何度も「出ていこう」と言ったのですが、出てっても、どこまでも追いかけてきて殺される。

と言っていました。

母親は体が弱くて、気の弱い人で、50代前半に他界しました。

そして、今現在はといえば、父親は極めて元気で、一人暮らしをしています。

幼少の頃の体験は心に深い傷を残し、今でも夢の中で、酔っぱらって人様に迷惑をお掛けている夢を見ます。

関係あるか分かりませんが、今現在私は不眠症で精神科に通院中です。

姉は、寝言で父親を死ねと言っていました。

そして、今現在はといえば、父親は極めて元気で、一人暮らしをしています。

幼少の頃の体験は心に深い傷を残し、今でも夢の中で、酔っぱらって人様に迷惑を掛けている夢を見ます。

関係あるか分かりませんが、今現在私は不眠症で精神科に通院中です。

46歳 女 受験生の息子が願掛けで少し意識が変わった?

40代の二人の子どもを持つ主婦です。

息子が、来年高校受験にもかかわらず、全く勉強をせず、受験生というよりは、ただの中学3年生なので、願掛けをする事にしました。

母親から見ると、のんびりした子なので、中学1年生からコツコツして欲しかったのですが、そんなうまくいく訳もなく、2年が経ちました。

中学3年生にもなれば、4月から幸先良く発進してくれると思っていたのですが、甘い考えでした。

家庭訪問で、散々先生に絞られ、塾の面談では、親子揃って怒られ、少しは勉強する気になったかと、様子を伺っていましたが、やはりのんびりしています。

のんびりしていても、勉強はしているだろうと、部屋を覗くと、大概寝ています。

夏休みになると、次男の方が勉強しているように感じ、段々と沸々とした怒りがこみ上げてきました。

が、どんなに叱っても怒っても、息子の心には響かないのは、百も承知だったので、一度願掛けに行こう!と思い、朝早く、息子を叩き起こし、氏神さまのいる神社に行きました。

願いは、そっと願うものなのかもしれませんが、私は、思いの丈を言葉にしました。

「息子が勉強しません。

来年高校受験を控えています。

どうか、彼が後悔のない受験になりますように!」
息子には、声を出すと良くないんじゃないの?と言われましたが、形振り構って入られません。

夏休みの終わりと、節目節目で、これからお参りに来るよ!
と神社の前で言うと、さすがに息子も否定的な言葉を返せないのか、黙って頷いてくれました。

夏休みが終わり、すぐにテストがあったのですが、5教科で60点上がりました。

快挙でした。

受験生では、あるあるなのかもしれないですが、少しでも彼の中で意識が変わったのかな?
と思うと、氏神さまのところにお参りに行ってよかった!と思いました。

なかなかエンジンのかからない息子ですが、少しづつ意識を持って、受験の日を迎えられるといいな、と思っています。

まだまだ、行きたい高校の壁は高いですが、悔いのないように親子で奮闘したいと思います。

36歳女、試験合格の願掛けは辛いけど受かることができて幸せに

私は三十代の女性で、数年前に仕事に必要となる資格を取得するために働きながら勉強をしていました。

合格率は六十パーセントほどの試験でしたが、私はあまり頭も良くなく、仕事も家事もしなくてはならないので勉強をする時間も取ることが出来なかったので、合格できないのではないかと不安でした。

年に一度しかない試験。

落ちたらまた勉強地獄というのも嫌でしたし、受験費用もかかります。

また、仕事のための試験なので会社からのプレッシャーも半端なかったのです。

そのため、ただ勉強するだけではなく神頼みをしようと、試験の結果が出るまで、大好きなお酒をやめることにしました。

私はお酒が大好きで、仕事から買えったらまず冷蔵庫を開けてお酒を飲むというのが習慣だったのです。

しかし、どうしても受からなくてはならない試験に合格するために、大好きなお酒を絶つことで、願掛けにしたのです。

始めの三日くらいはどうにか我慢できたのですが、辛かったのは飲みのお誘いを断らなくてはならなかったということです。

呼ばれたら飲みに繰り出すタイプだったのですが、試験に合格するためにお酒を絶って願掛けをしている以上、お酒のある場所にはいけなかったのです。

願掛けを始めてから半年後が試験の合格発表でした。

お酒を断つという願掛けはお酒にのみに出かける機会もなくしてくれたので、結果的には勉強する時間も増やすことができてよい効果をもたらしてくれたように感じます。

試験の手応えもありましたが、答えを書き間違えている可能性もあると、発表までお酒は飲みませんでした。

そして合格発表で、見事私の受験番号があったのです。

早速お酒を解禁してお祝いしました。

願掛けのおかげで合格できたと思っていますが、大好きなものを断っているから是が非でも合格しなくてはと躍起になったのも、願掛けがうまくいった秘訣だと思っています。

願掛けをするなら、自分に苦行を与えるのはとてもよい方法だと思います。

41歳女 鈴虫寺で妊娠祈願 念願の子供を授かり幸せ

現在2人の子供の子育てに追われている主婦です。

私が願掛けをしたのは今から10年程前のことです。

20代の初めに結婚をしました。

結婚した時期は周囲の同じ年頃の子より早かったのですが、結婚してすぐに婦人科の疾患を患ったことも原因して中々子供を授かることが出来なかったのです。

徐々に周りの友達も結婚し始めて、自分より後から結婚した子達からも次々に妊娠の報告を受けるようになりました。

それまでは結婚が早かったことや、子供は時期が来れば自然に授かるだろうと考えていたのが、徐々に焦りに変わっていきました。

婦人科の疾患があったことから婦人科の医師に相談に行ったり、不妊治療についての相談もするようになりました。

そうして夫と相談をして、少しずつ不妊治療も始めていきました。

しかし何度か回数を重ねても、不妊治療の内容をステップアップしていっても中々子供を授かることが出来ない日々が続きました。

神社やお寺に行っても毎回必ず子供を授かりたいことをお願いする日々が続いていました。

そうして初めて治療をしてから3年程経った時に、夫と旅行で京都の鈴虫寺に行くことになりました。

鈴虫寺に伺い説法をいただいて鈴虫寺のお地蔵さんにお会いし、帰ってからも毎日お願いを続けました。

鈴虫寺で授かった守りを毎日身に着けて、毎日京都のお地蔵さんがいらっしゃる方角へお参りをするようになりました。

それまでも色々な神社やお寺にお参りはしていましたが、不思議と鈴虫寺を訪れた後は、このお地蔵さんが私の想いを受け止めてくれている安心感があったのです。

そうして毎日落ち着いた気持ちでお参りを続けていたある日、念願の子供を授かることが出来ました。

とても嬉しい気持ちでお地蔵さんへの感謝をお参りし続けました。

願掛けをして願いが叶い今思うことは、信じて良かったということです。

不安や迷いがあっても、やはり自分自身がいつでも信じてみること、それが幸せにつながっていると信じてみることと思います。

諦めて投げ出していたら今の幸せは無かったと思います。

ですので何か叶えたい願いがあるのであれば、諦めずにいつでももう一度信じてみて欲しいです。

27歳女 出雲大社への願掛けでドキドキ

私の願掛けエピーソードを紹介したいと思います。

私がその願掛けをしたのは25歳のときです。

当時、とても結婚願望が強かったので結婚したいと思い友人と一緒に出雲大社へ参詣することにしました。

行く前には友人のアドバイスを受け、より具体的にどんな人といつ頃結婚したいのかなどを考えた方がいいよと言われたので、事前にそれを考えていきました。

私の理想は穏やかで、金銭感覚がしっかりしており、お仕事に対して熱意を持っている人と28歳までに結婚したいと決めました。

更にアドバイスは続き、お参りするときにお願いをするのではなく敢えてもう自分の願望が叶ったように神様にお参りすると神様がまだ叶えてなかったと勘違いをして、慌てて叶えてくれるのだと教えてくれました。

準備を整えて、いざ出雲へ。

出雲へのお参りの日は天気も穏やかでお参り日和でした。

大きな白い鳥居を超えるとそこは坂になっていました。

木に囲まれており、肌から神聖な雰囲気が感じ取られました。

鳥居をあと2つほど超えていくと、大きな拝殿が見えてきました。

出雲大社は他の神社と参詣方法が異なり、「2礼4拍手1礼」となっております。

ガイドブックに書いてありますので、参考にしてみるといいです。

ちなみに私は参詣するときにガイドブックを見るのは嫌だったので、参詣方法は頭に叩き込んでから行きました。

いよいよと思い、お参りの列に並んでしっかりと『28歳までに穏やかで、金銭感覚のしっかりとしたお仕事が好きな人と結婚しました』と叶ったように願掛けをしました。

拝殿の他にもまだ境内はお参りする箇所がたくさんあったので、拝殿の近くの場所は全てお参りをしました。

もちろん、願掛けを忘れずに。

自分でもかなりの熱を込めて願ったと思います。

一つ後悔したことと言えば、出雲大社の有名な大きな注連縄のところへ行き忘れてしまったことです。

さて、願掛けの結果はどうなったかというと私は27歳で結婚をしたので、その願掛けは見事に叶いました。

理想の人かと言うとほぼその通りではあるので、良しとしています!

60歳代 女性 思いは届くかも知れません

1人暮らし、60歳代女性。

戸建物件を購入時から、お手洗いは毎日毎日掃除する事を決めました。

ネットでは、トイレ掃除を欠かさずしたら、宝くじが当たったとか金運がアップしたといった羨ましい話が出ています。

掃除する事によって綺麗に清潔に暮らせるのは他ならずなる、気分も良くなります。

一石二鳥ですね。

「厄は便器に中から出てくる」便器の蓋は必ず閉める。

風水などにも興味津々で、照明はなるべく明るくなど。

中国では、「運は環境を整える」事と有ります。

統計では、トイレ掃除をしない人とする人の年収差額も90万円だとか見聞きしたことが有ります。

日課にする事、習慣つける事に
億劫ではなくなり、用事があって外出していてもやらねばっと云う気持ちが働き、生活に流れのひとつになっていました。

引っ越したばかりで、新品状態の便器、便座、フローリングであった為、念入りに力一杯擦るなども有りませんでした。

トイレ掃除に執着する事もあって、ショッピングセンターや百貨店、飲食店の手洗いが気に掛かって仕方なく、敏感になっていました。

掃除を日課にしていた私ですが、2ヶ月にふたつの手術入院する事になり、退院しても安静状態が続き、体力的精神的に
不安定で、会社も退職しなくてはいけない状況になり、その当時を境にトイレ掃除が毎日出来ない、したくても困難な状態になってしまい身体の事なので、どうする事も出来ずとても後悔しています。

又、三年半以上継続して毎日行っていたトイレ掃除ですが、金運アップ、運気が上がったという実感は悲しいかな有りません。

入院が無ければ、もっともっと継続し運気が上昇だったのかもと思うと残念でなりません。

でも、考えを変えると、金運や運気を上げる為にする掃除ではないかもと思えたり気持ちを切り替えています。

歌手植村香奈が歌う〝トイレの神さま〝の歌詞の中にトイレを掃除するとべっぴんさんになれると言うのが有りますそう信じて行動に起こす事は良い事だと思います。

36歳女 島根よありがとう! ハッピー

36歳専業主婦、3歳年少の息子がいます。

31歳当時、会社員で実家暮らし、数か月に一回は女友達と旅行、という独身ライフを送っていましたが、やはり結婚していないことに多少焦りを感じている時期でもありました。

そんな中、友達から「出雲大社などパワースポットを巡り地元の街コンにも参加!島根への出会い探しツアー」なる格安の婚活ツアーに誘われ、北海道在住の私たちは、格安で島根に行けるからラッキー!的な感じで参加することにしました。

同時くらいの時期にフェイスブックに広告として出ていたマッチングアプリ「pairs」に興味本位で登録していたところでした。

pairsでは何人かの男性とコンタクトをとってはみたものの、あまり合わないなーという人ばかりでした。

そんな中、旅行に行く1週間前、気の合いそうな男性が現れ、毎日アプリの中でメッセージのやりとりをするようになりました。

島根へ行くことはもちろん彼に伝えていましたが、出会い探しツアーの内容は言わないでおきました。

出雲大社やその他神社数社をまわりましたが、神社では、とにかく、「今pairsでやり取りしている彼が素敵な人で(見た目も)付き合って、ゆくゆくは結婚できますように」ということのみ願かけしました。

結婚に関しては、半ば諦めていたところもあったのですが、パワースポットのせいなのか、素直にお願いします!!という気持ちで何度もお願いしたことを覚えています。

pairsでのやり取りの中で彼から会ってお話ししたいですという
お誘いがあったのは島根にいる最中のことでした。

お互いの予定を合わせた結果、偶然にも島根から帰ってきた次の日の会社帰りに会うことになりました。

そこからは何かに導かれるかのようにスムーズに話が進んで、彼と会い、気も合い、付き合うことに。

付き合って半年でプロポーズされ、付き合ってちょうど1年の日に入籍しました。

実はプロポーズの直後に妊娠もしていて、現在、やんちゃ盛りの3歳男児の母としてバタバタしつつも幸せな日々を過ごしています。

34歳女好きなアーティストのライブのチケ取るため髪伸ばし願掛け

私は専業主婦で二児の母親です。

願掛けしたのは2018年の秋の話です。

2019年初旬にある好きなアーティスト、星野源さんのライブに行きたい!と思いましたが、前回のライブだとファンクラブでさえも取ることができなかったという話がインターネットで流れていました。

もしチケットが取れても私の場合、子供が2人いて、子供が1人でも体調悪いとダメだし、旦那は子供の面倒を見てくれないし、私も体調が悪くなることもあるだろうし、無事にチケットも取れて快くライブに行けて楽しめるように願掛けするために、ライブが終わるまで伸びた髪の毛を我慢して切らないようにしようと考えました。

何度か伸びた髪の毛がうっとおしくて嫌でしたが、ずっと切っていた前髪も同時に切らないようにしていたのですか今までの中で一番長い前髪の長さになり、今までにない髪型に挑戦できおしゃれの幅が増えました。

11月になんとかチケットを入手でき、一安心。

そのあと二月のライブまで家族の体調管理に細心の注意を払い、家族全員大きな病気や怪我をすることなく過ごすことができました。

今までにないくらい健康管理をしたので恐ろしいほど家族全員健康でした。

今でも、長引くような病気はしていません。

二月はインフルエンザが流行る時期でしたが運良くなることもなく、無事ライブ当日を迎えることができました。

子供もその日は機嫌も良く、旦那は見てくれなかったけど義親が快く送り出してくれて楽しくライブに参戦することができました。

家に帰る際も混雑を避けて帰ることもできてとても満足のできる1日になりました。

髪の毛はそのあとそろえる程度に切り、前髪は思い切ってバッサリ切りました。

前髪長いのは楽しかったけどやっぱりぱっつんが好きだったのでさっぱりしました。

願掛けとはいえ4ヶ月かけて髪の毛はすごく伸びるんだなぁという発見もできました。

髪の毛を切らずに伸ばし続けるだけで願掛けできるのならまた違う願いでやってみたいなと思いました。

とても気軽にできると思うし、今までの自分になかった発見も見つかったので皆さんもやってみてください。

32歳女 国家試験に合格し達成感でいっぱい

30代女性で工業用製品の卸をしている中小企業勤務です。

通関業ではないのですが、輸出入が増えてきたこともあり、業務遂行上必須の資格ではないですが、貿易業界のルールを体系的に学ぶため、知識を活かして仕事の幅を広げたいと思い、通算で約半年間かけて勉強し、国家資格である通関士資格を2年前に取得しました。

難易度は上位に入るような難関資格ではなく、1・2回程度の受験で合格すると言われていますが、1年に1度しか試験が実施されておらず、合格率を見ても10~20%と低水準ですし、社会人になってからは勉強という習慣からすっかり遠ざかっていた私にとっては、仕事終え帰宅してから毎日欠かさず勉強を続けることだけでも難しかったので、私にとってはチャレンジングな経験でした。

勉強と並行して、願掛けもしました。

数年前から必ず元旦に初詣へ行きお参りはしていましたが、「この年も試験に合格しますように」と神様へお願いをしました。

また、勉強時間を毎日記録するようにしました。

初詣へ行きお願いしたことで、今年も1年の良いスタートを切れたと思えたこと、「努力するので合格させてください」と自分の中で決意表明にもなったことが、勉強をスタートする気持ちのスイッチが自然に入ったと思います。

何もこういったことをせず、やると決めた日から毎日続けられる方は本当に尊敬しますが、私は三日坊主でメンタルが強くないため、この願掛けは、仕事と勉強を両立させる生活を迎えるにあたって、気持ちを落ち着かせて、決意を固くしてくれ、とても大事でした。

願掛けは、困ったときの神頼みという表面的な言葉通りの物ではなく、人の心を落ち着かせてくれる自分への儀式的な物のようにも捉えることが出来ました。

また、合格するには勉強時間ではなく中身が大事なのはいうまでもないですが、受験の日まで毎日の勉強し時間を記録したことで、受験当日は、これだけ勉強したんだから大丈夫!と思い臨むことが出来ました。

結果として、自分のお守りのようなものとなり良い願掛けになりました。

特に勉強関連で願掛けしようと思っている方がいれば、形や物は何でもいいし、自分のやりやすいことでいいと思います。

願うことは思いを強くし、思いは行動を変えると思います。

願掛けをする意味を自分に説いてみることが大事なのかなと思います。

50歳男性子供の成長を願い

50歳会社員男です。

子供が高校1年生、大学1年生なのですがこの大学1年生の娘ですが。

高校生の時からあまり外に出たくないと申しますか親離れできていない子供で将来保健の先生になりたいので大学に進学しました。

住んでるところが田舎なものですから、一人暮らしとなったのですが本人も3月までは乗り気だったのですが、いざ4月から初めて見ますと今まで家事という家事をしてきていなかったのと、すべてお母さんまかせだったので電気ガスの支払いなど自分でやらなけでば行けないことをどのようにしていいのか大学も看護学部で単位を落とすと追試や来年また取り直しをしなければならないのというプレッシャーを感じているようで高校生の時より不安感がましているようで、ホームシックで毎日毎日お母さんに電話をかけてきては1日の愚痴を伝えてくる状態でした。

親としてなんとかしてやりたいのですが、身近にいておれば顔色を窺ってすぐにアドバイスしたり、声援を送るのですが、こればかりは本人の意思と努力しかないのでお母さんの報告のみ聞いていました。

まt、お母さんも毎日子供の不安定な状態をきいているのでおかあさんもだんだんきもちが落ち込んだ状態になってしまいました。

そんな時ちょうど私の病気が発生し、健康のため散歩を始めることにしました。

1時間歩くのにちょうど折り返し地点に弘法大師由来の大師堂がありそこで{南無大師遍照金剛娘をよろしくお願いいたします。

」と3回唱えて帰路につようになりました。

毎日娘の成長をお願いして参ることを日課として始めました。

娘の心の状態は実習での失敗や友達との関係で不安定でした。

病院に1度診てもらったりしました。

そんななか1学期のテストもも無事に終わり、夏休み中の運転免許も習得できました。

なんとか1学期は乗り越えられたと神様にお礼をを申し上げてまた毎日手を合わせています。

2学期がはじまりましたが子供の成長を願うためお参りしたいと思います。

30歳女性が資格試験まで願掛けを行い合格してよかった事

私が願掛けを行ったのは、30才の時です。

その時は、仕事をしていたのですが別の仕事に興味を持つようになり、その結果、資格を取得することにしました。

しかし資格を取得するといっても、簡単にできることではありません。

なかなかむつかしい資格なので、自分に出来るだろうかと不安がありました。

そこで、友人に相談したときに願掛けをしたらどうかと言われたのです。

自分の気持ちに揺ぎがないように、自分のしたいことや、好きな食べ物などを我慢するということなんですね。

それができない限りは、自分の気持ちにゆらぎがあると思うようになりました。

そこで、思い切って願掛けをすることにしました。

しかしちょっと不安なところもありました。

それは試験を受けること自体で、かなりのストレスがあるからです。

そのストレスがあるのに、まだストレスを受けることをしようとしているのです。

しかし自分の揺るぎない気持ちがあるということを込めて実施することにしました。

それは、試験に合格するまでは、自分の好きなスイーツを食べないということです。

ほかの人が聞くと、それだけと思うこともあるでしょう。

しかし私にとっては、その願掛けは大変なことなのです。

毎日スイーツを買っている私がそれをたつというのは、相当な覚悟が必要なのです。

食べないままでいることが出来るだろうかと思ったのですが、実行をすることにしました。

最初は、とんでもなく辛かったです。

ダイエットと同じことですね。

その好きなものや好きなことを我慢するのは、相当強い精神力が必要となります。

その精神力は大きなストレスとなっていました。

ところが、1週間ぐらい経つと、ちょっと楽になるのです。

これだったら、頑張れるかもしれないという感じです。

そして、そのスイーツを食べたいという気持ちを抑制した分、勉強をしっかりするようになりました。

その結果、見事資格を取得することができました。

やればできるという思いと共に、これからも何かをする場合は願掛けをしようと思っています。

34歳男性、豊川稲荷の初詣の願掛けで妻と一緒になりました

50歳の男性です。

「願掛けしたエピソード」を紹介します。

私の「願掛け」は、ありふれているかもしれませんが、豊川稲荷の初詣に毎年出掛け、
家内安全、商売繁盛を絵馬に願掛けすることです。

そもそものきっかけは、妻との出会いで、
妻と出会ったのは、私が33歳で妻が27歳の時でした。

最初は共通の趣味を通してメールで知り合い、初対面は妻が私の街まで、電車で来てくれました。

わざわざ私の所まで来てくれた女性は、妻が初めてで、とても嬉しかったことは忘れません。

妻の住む愛知県三河地区と私の住む静岡県駿河地区と、その距離は約150kmもあって、
完全な遠距離恋愛でした。

それでも、私は妻の所に、毎週、車や電車で通いました。

それまで、
私は大学も東京だったので、東にばかり目が向いていて、西には全く目を向けていなかったのですが、
妻と出会って、初めて愛知県三河地区を知り、妻と三河の良さに魅了されました。

そして、私は34歳で豊川稲荷の初詣を初体験しました。

その後、正式に婚約し、妻と結ばれ、
結婚し、二人の子供にも恵まれました。

バラが咲いたと言う歌がありますが、まさにその歌の
通り、それまで一人ぼっちで、寂しかった僕の庭が明るくなった時でした。

最初の豊川稲荷の初詣の心情は、「生きてて良かった。

」です。

初めて見た豊川稲荷の初物では、あんなに厳かで大きいのに庶民的な感覚のある神社は、
生まれて初めてだったので、全てが新鮮でした。

上手く言えませんが、何というか、ただただ人が多い関東の明治神宮や、逆に厳かすぎる
伊勢神宮などの超有名な神社とは違って、非常に庶民的でありながら、その歴史と荘厳さを
兼ね備えた感じで、鳥肌が立ったのは、何年たっても変わりません。

今でも毎年、
豊川稲荷の絵馬に願掛けし、初心に戻り、妻との出会いに感謝しています。

後悔しているのは、豊川稲荷の初詣には、予約で精進料理を御馳走に慣れるコースがあって、
それをつい最近まで知らなかったことです。

知ってからは、毎年、お世話になっています。

良かったのは、やっぱり、東と西で全然、文化も風土も人間も違うという事が分かったことです。

妻と出会わなければ、それまで気品の高そうな女性ばかり告白してしまい、結果いつも、
振られてばかりいたので、きっと、私は卑屈な人間になっていました。

でも、明るくてお茶目な妻は、きっと関東系にはあまり見ない毎日かあさんみたいな懐の広い
母性本能をたっぷり持った明るい女性なので、それに完全に魅了されてしまいました。

(きっと愛知県よりも西の日本には沢山いるタイプの女性なのかもしれません。


妻もどちらか問うアニメオタクで、本来、男性は苦手な人でしたかた、なんで、俺だって、男だけど、
と聞きましたが、どちらかと言うと女性っぽい私が、逆に、一緒に居て、安心して何でも話せて、
信用してもらえたとのことでした。

いずれにせよ、この出会いの運命を与えてくれた神様に、
豊川稲荷を通して、毎年感謝しています。

絵馬への願掛けは、受験や出産など、一時的に行うのも良いのですが、毎年毎年、欠かさず行うことも大事だと思います。

毎年、神様に一年間の報告とこれからも平穏無事であることを祈ることで、心も落ち着きます。

そんな一年の振り返りと希望のきっかけに、「願掛け」を活用してみても良いと思います。

おみくじも良いけど、私は断然、絵馬派です。

絵馬を是非!

32歳女 子授けの願掛けをしたけれど

現在、30代の主婦です。

今、妊活をしているのですが、全然私の元に子供がやってくる気配は感じません。

タイミング法しか行っていませんが、大抵6か月続けて医師の元、行えば、結果が出ると最初に病院で言われました。

しかし、今も私のお腹は膨らむことはありません。

もう2年以上続けており、そろそろ体外受精をと医師からも進められているところです。

こんな状況なので、夫婦で子宝の願掛けにも行ってきました。

行った神社は、大阪にある住吉大社の末社・種貸神社と、京都にある岡崎神社、あとは東京の水天宮にも行きました。

どれも子宝、子授けに縁がある神社です。

種貸神社では子授けのお守りセットを授与していただけるので、それを求めに行きました。

子授けのセットは小さな置物と、お守り、絵馬です。

置物は、子供が生まれた時に名前を背中の部分に書いて、お礼参りして返すのだそうです。

お守りもいつも身につけるように言われました。

口コミによると、参拝に来て願掛けをした人の中には1か月後には子を授かったという人もいるようです。

でも、私はその後全然結果が出ていないので、神様も忙しいんだろうなと思っているところです。

岡崎神社でも、手水所の黒いウサギを撫でると子宝に恵まれるという話を聞いたので、念入りに触ってきましたが、特に効果を得ていません。

社務所で授与していただけるウサギの土鈴もいただいて帰りましたが、特に効果は得ていません。

水天宮も同じくきちんと願掛けをしましたが、何も結果が出ていません。

あんまりにも他の神社に行くから神様が嫉妬したのでしょうか。

全然授かる気配がないので、どうしたものかなと思ってしまいます。

そもそも落ち込む私を励ますつもりで主人が連れて行ってくれているので、なんだか主人に対しても本当に申し訳ない気持ちになってしまいます。

願掛けはたくさんしているのに、どこも望みを叶えてくれないので、神様はいないのではと思ってしまいますが、きっと順番待ちなのだと思うようにしています。

あまりにも多くの人が願掛けに来るから順番を待っているのでしょう。

その時が早く来ることを祈るばかりです。

「息子の合格祈願にお百度参りを実施、」  50歳 女性

現在、神奈川秦野市内に住んでいますが、近くに立派なお宮さんがあって名前を「出雲大社相模分詞」、つまり其の名の通り島根県伊豆も地方にある出雲大社の分社でもあり、通称では「関東の出雲さん」とも言われています。

実は数年も前になりますが、息子が東京の或る大学の受験(東京のW大学)に失敗して、1年浪人した挙句に再び挑戦しようとしている時の事です。

 W大学といえば全国的にも有名な私立大学ですが息子にはやや難関な大学である事はわかってはいたのです。

 しかし、息子はラグビーをしたくてどうしても名門のW大学でなければならない、と他の大学は見向きもしないのです。

そんな事で息子は今年も挑戦するといって勉強に勤しんでいるのです。

 そんな関係も有って私自身も陰ながら応援したく、地元の「出雲さん」にお百度参りを実施したのです。

 其の年が明けてから直ぐに1日に数回にわたって「息子がどうかW大学に合格いたしますように」と、日参お参りしたのですし併せて108回の参拝を繰り返したのです。

 其れも毎回5円玉(5を欠く、つまり合格)に願いを込めて。

其の出雲大社の本社には過去に主人と訪れた事がありましたが、大きな、何でも日本一の注連縄が有名で妻入り式の巨大な社殿は印象的でした。

 当方の秦野の出雲さんも同様で島根の本社から分社したもので拝殿には大きな注連縄と本殿も妻入り形式の建物が特徴なのです。

其の出雲大社についてですがですが、三重県の伊勢地方に鎮座する伊勢神宮と一緒にその起源は古事記や日本書紀にも記されていますが、国家的な祭祀の場となってきた伊勢神宮と出雲大社で、その本殿建築はお互いに日本最古の様式を今に伝えているとされています

出雲大社この神は大国主命であり、国造りや縁結びの神としても良く知られていて、全国的に尊崇を集めている神であり神社ですね。

 その出雲社の本殿のことですが、其の建物自体が余りに巨大であったので何時しか「オオヤシロ」、つまり「大社造り」で、この事が出雲大社になったとも言われています。

特に、「縁結びの神」としても全国的に知られているところであり、女性たちにも人気の大社であり、又、出雲大社は日本一のパワースポットとしても有名ですが、尚且つ、合格祈願、学業の神様としても知られているのです。

 因みに、出雲大社本社には学業の神である菅原道真公が祀られている天満宮もありました。

ところで、肝心の息子の受験結果ですが、実は嬉しい事になりました・・ハイ。

20代前半 願掛けしてダイエット成功 これからもワクワク

「願掛け」と聞くと「自分で努力もしないで神頼みなんて…」と思われる方もいるかもしれません。

でも私は「願掛け」を目的・目標までに自分の中で守ること1つを明確にできるとても効果的な方法だと思っています。

そして、これは自分にとって夢のような大きな目的・目標であっても、1週間後には叶えられるかもしれない小さな目的・目標であっても同じだと思います。

こんな風に思ったきっかけは、私が社会人になって数年目に実践した1つの「願掛け」です。

学生時代は裕福とは言えない家庭環境だったため、学校帰りに友達とコーヒーショップやファーストフード店に寄り道などほとんどできませんでした。

お昼ゴハンも学食や購買の利用もできず、毎日自分で作ったお弁当を持参していました。

お小遣いをなんとかやりくりしてたまにコーヒーショップに行ったとしても「この1杯でおにぎり○個買えるな…」とか考えるような学生でした。

高校を卒業して、社会人になり自分で自由に使えるお金が学生のころよりも多くなったことをきっかけに、どんどん食生活が乱れていました。

特に外食には憧れが強かったらしく、週の半分くらいは夕食を外食または飲み会で済ませていました。

そんな生活を続けるともちろんみるみると体重が増えていきます。

20代前半、恋愛への関心やスタイルが気になる年頃でもあったため「このままではマズイ」と思いダイエットを始めるにあたり、「願掛け」をスタートです。

【ダイエットを成功させたい】という目的・目標に対して【夜9時以降の飲食を禁止する(と成功する)】という「願掛け」をしました。

これが「願掛け?」と思うかもしれませんが「大事な仕事や試合などの前は、靴下は必ず右足からはく」なんて話を聞いたことがあると思います。

【夜9時以降の飲食を禁止する(と成功する)】というわかりやすい「願掛け」だったおかげか、それから1年程度で目標体重になりダイエットを成功させることができました。

おそらく【ダイエットを成功させたい】という目的・目標だけでは結果はともなわず、途中で挫折していたと思います。

目的・目標に「願掛け」という自分の中で守ることがあったからこそのダイエット成功だったと思います。

「願掛け」の意味を調べると「神や仏に願い事をする」といった内容ですが、自分自身への約束事と考えると「願掛け」に対するイメージや考え方が変わってくると思います。

そしてこれから達成したい目標などがある時は「願掛け」を試してみるのもいいと思います。

18歳高3の男子 大学合格! 女友達できました

僕は当時、偏差値の低い工業高校に通う地味でイケてない高校生でした。

そんな僕も高校3年生になれば人並みに次の進路に悩んでいました。

工業高校の一般的な進路先としては高校とズブズブの関係にある企業に高卒で就職もしくは公務員試験を受ける(※みんながみんな合格できるわけではない)だいたいこの2パターンに収まることになります。

しかし、中には大学進学を目指しひたすら孤独な時間を過ごすという選択をする物好きも中にはちらほらいます

そう、僕もその中の一人でした。

なぜ偏差値の低すぎる猿のような高校から地元で上から二番目の大学を目指すことになったかというとそれは、「女の子と遊びたかった」からです。

工業高校というのは基本的に女の子が非常に少ないんです。

約30人で1クラスだとするならその中に女の子は1~2人。

加えて、僕の通っていた工業高校はクラス替えもなく3年間みんな同じ顔ぶれ。

「僕の人生の女友達はこのクラスの、あの2人!?」そんな思春期のモヤモヤが僕を大学受験という修羅の道へと導きました。

もともと頭は良くないんですが、授業やテスト・先生からの評価はそこそこだったんで成績・内申点はなぜか良かったと思います。

そのおかげもあり2枠しかなかった推薦の1枠をゲットできました(案外ちゃっかりしているのかも)。

1枠ゲットしたからにはこっちのもんだってことで、小論文や筆記、面接対策に明け暮れんました。

ほんとに僕は「可愛い女の子たちとの大学生活」だけを夢見ていました。

受験の準備期間中は通学路を外れたところにある地元の神社にほぼ毎日お参りしていました。

今思うとその時間で少しでも勉強しろやと思うんですが、当時、高校生だった僕は必死で神様に「志望校に合格させてください」と願掛けしていました。

その願掛けのおかげ(?)もあり無事に第一志望の大学に推薦で合格することができました。

なにかを願う心(動機は不純ですが)とそれに伴った行動が掛け合わされたら結果として残るんだなぁと勉強になりました!信じる気持ちって大事!

29歳男 神社で願をかけるもおばあさんは旅立ってしまいました

 こんにちは。

僕は29歳の男性です。

職業として現在、自営業(フリーランス)をしております。

 そんな僕は最愛の母方のおばあちゃんを、9歳(小学4年生)の時に大腸がんにより亡くしてしまいました。

 あの時の精神的なショックというのは、昨日のように覚えております。

僕は一生あの精神的なショックの度合いは忘れはしないでしょう。

 僕のおばあちゃんは僕が小学1年生の時から、体調不良を訴えておりました。

そして、病院に行ったりして色々と検査をしましたが、異常はないということでした。

 別な病院に行った時には手遅れの状態になっており、その病院の先生は家族を呼んで「あと3カ月しか持たない」という事を告げられたのです。

 ですがその後、冬虫夏草やら色々な延命治療により3年ほど生きる事ができたのです。

 ところが僕が小学4年生の時には、かなり体調も悪くなり、歩くことさえもままならず、トイレに行くことができないので、鼻やら口の管を通して、生きている状態でした。

 このおばあちゃんの姿は僕にとっては、とてもショックなものでして、今でも覚えております。

 そこで僕は近所の神社に行って、願をかけてみました。

 「どうかおばあちゃんをお助けください!まだ死ぬなんて早すぎます。

どうか!どうか!」とお願いをしました。

 僕のその願い事を聞いていたのか、後ろに並んでいた若夫婦が泣いてくれました。

「坊やおばあちゃん助かるといいね!」「助かるよ!大丈夫!」等と励ましてくれました。

 この時の心情としては、「神頼みになるようではもうおばあちゃんは長くないな」と思いました。

子供ながら結構、現実的な子度だったと思います。

 後悔していることはおばあちゃんともう少し一緒に過ごしておけばよかったと思いますし、よく電話をくれたのでもっと話をしておけば良かったと思っております。

 よかったと思う事は、自分の素直な気持ちで願をかけることができたので、願をかけたことには後悔はしておりません。

 最後になりますが、アドバイスとしては、やはり「神頼み」でもしてみるものです。

 そうすれば納得して、死を受け入れることができるのです。

 そして、自分の気持ちを素直にぶつけて、吐いてみることによって、スッキリします。

 よって我が人生に後悔はなし!と言える日が、いつの日か来るのです。

42歳男、願掛けによって人生そのもこも変えられました!

私は42歳になる男性、会社員であります。

私は仕事で営業職のほうをしているのですが、ある時大事な会議に参加することに決まったのでした。

私はそれまでは会議に参加するほどの能力も知識も経験も全くありませんでした。

ところが決まった以上は、しっかりと会議を迎えれるようにと思い、私なりに対策を考えたのでした。

そして、またその会議が無事に終えれるようにと私は近くの神社へと願掛けに行ったのでした。

そして、しっかりと無事に会議が終えれるようにと念入りに願ったのでした。

そして、いよいよ会議が始まり私もまたしっかりと質疑応答に応えることが出来ました。

緊張感だけしか残っていませんでしたが何とか無事に終えることが出来たので本当にホッとしたのでした。

そして、改めてその願掛けしにいった神社へとお礼を言いに行ったのです。

そして、それからは会議にも度々参加することになったので私はしばらくは願掛けを込めて、またその神社へも良く通うようになったのでした。

そして、今なのですが未だに毎回では無いのですが願掛けのため神社へのお参りには行くのです。

因みにですが、最近では更に家にあるお札に手を合わせてみたり、または家を出るときには必ず右足からなど様々に増やして行ったのです。

またそのおかげあってか最近では不幸なことよりも幸せなことの方が良いのは間違いありません。

最近では願掛けのために行ったことがあったのですが、おかげさまで妻に子供が出来たので、やはり私の心の中では願掛けの効果があったように思えて仕方がないのです。

また、願掛けと言っても、これもまた人それぞれですので一概に人にはオススメ出来ないのも事実であります。

最近では願掛けするほどの余裕もないのですが、私にとってはこの1度の願掛けのおかげでかなり、人生が大きく変えられたような気がしています。

たかが願掛けされど願掛けと言っても過言ではないぐらいです。

願掛けとは本当に強い味方でもあり、また少し怖さも感じるものだと思いました。

31歳 女性 続ける事ができた自分を褒めたい

こんにちは、咲愛です。

私には、2人の子どもがいます。

1人目を妊娠しているときは、とてもうれしく、会える日を待ちわびていました。

母親教室にも行き、出産のことを看護師さんや助産師さんから聞いて、想像を膨らませていました。

しかし、教科書通りの出産なんて言うもは、ほどんとなく、私の場合も私が思っていたものとかけ離れたものとなりました。

それは、なかなかお産が進まず、最終的に緊急帝王切開となってしまったことでした。

その後の子育ても、慣れていないことばかりで、毎日、とにかくしんどいといった感じでした。

そんな子育てに慣れてきたころ、2人目を妊娠しました。

うれしさはありましたが、出産への恐怖と産後のマタニティブルーやうつが心配になってきました。

まだ、なにもなっていないのに、不安でした。

一つずつ解決していこうと考え、私は、手術が怖いんだ、とわかりました。

そこで、帝王切開後にも普通分娩ができる病院を探すことにしました。

病院はありましたが、危険も伴うことの説明を受けました。

どうか、最後まで頑張れますように、集中が続きますように、諦めませんように、そして、何より、私と赤ちゃんの命が危険になるようなことがありませんように、こんなことを願ようになりました。

その時の自分にできることは、体重を増やし過ぎないこと、適度な運動をすることしかありませんでしたが、何かしたい気持ちが抑えきれず、私は、写経をすることにしました。

もともと字を書くことが好きだし、筆も上達できるかもということもあったので、はじめることは簡単でした。

しかし、これが思っていたより、長いのです。

私は1時間半から2時間かかります。

でも、どうか私たちを守って、私に越えさせて欲しい、そのことばかりを考え、毎日毎日書き続けました。

家族も私のその姿をバカにしたりはしませんでした。

お腹もどんどん大きくなり、机に向かうときに邪魔になるほどでしたが、とにかく続けました。

ついに始まった陣痛は、やはり痛く、辛く、やはり大変なことでした。

周りの気遣いも、もうどうでもよくなるような感覚になっていたとき、主人が「あんなに写経がんばってたやん!てきるよ!」と声をかけてくれました。

『こんな時になんて?え?写経だって?』と一瞬思ったのですが、ふと我に返り、『そうやった』と。

そして、ものすごく時間はかかりましたが、命に係わることなく終えることができました。

続けてきた結果、自分への自信ともなりました。

25歳 受験で願掛け

現在保育士として働いています。

高校を卒業してすぐに保育系の学校に進学したのではなく、受験の失敗もあり、卒業後アルバイトをしている期間が4年ほどあり、その後専門学校に入学しました。

受験を失敗したことで短大や専門学校というのはとても敷居の高いものだというイメージがありました。

しばらくアルバイトを続けていましたが、やはり夢である保育士として働きたいと思い専門学校への入学を決めました。

さまざまな専門学校のオープンキャンパスに参加し「ここに入学したい!」と思える専門学校があったのでそこを受験することに決めました。

受験の内容は面接だけでしたが専門学校は敷居の高いものと考えていたので質問されることを想定して答えることも事前に考えて一言一句覚えて面接に挑みました。

しかし、いざ面接官を目の前にすると緊張で一言一句覚えたはずの答えがどこかに飛んでいってしまって、結局その場で考えながら自分の思いを伝えました。

面接が終わると終わったことの安心感というよりも「いままで努力したことはなんだったんだ!」という悔しさが強かったです。

終わったことはもうどうしようもないのでひたすら「受かっていますように!!」と近所にある神社に行っては願掛けをする日々でした。

結果発表の日になり、専門学校から結果の通知が入った封筒が送られてきました。

その日は家に母と弟とわたしがいたのですが、結果をみるのが怖くて怖くて1時間くらい家の中を動き回り「どうしようどうしよう」と弱気になっていました。

すると母から「もしダメだったとしてもまた次の方法があるし、大丈夫」と言われ、意を決して封筒を開けました。

中に入っていた紙には合格の文字が!嬉しくて3人で手を繋いで回ったのを覚えています(笑)
実際に入学してみると100名の定員に対して40名ほどしか生徒がいませんでした。

つまり受ければ誰でも受かるという感じだったようです。

専門学校生活はとても楽しかったので受験の時のドキドキした気持ちも今となれば良い思い出です。

63歳男 今では懐かしい、中学受験の思い出

会社をリタイアして一年目。

毎日が日曜日という日々を送っています。

しかも一人暮らしですから何の気兼ねもなく気楽な隠居生活というところでしょうか。

しかし何もすることのない日々は呑気ではありますが刺激に乏しく少し退屈です。

そんな生活をしているとよく昔のことを思い出します。

特に中学受験をしたあの頃が懐かしく、そして誇りにも感じるようになりました。

小学校5年生の3学期も終わろうとしている頃でした。

ある日の夕飯の後、自室でぼーっとしていたところへ父親が入ってきました。

そして突然「中学校はどこに行きたいか?」と聞いてきたのです。

そんなこと私は意識もしていませんでしたし、決まった区立の中学校に行くと思っていましたから「〇〇中学校に行く」と答えました。

すると父はあの中学校は不良が多いとか評判があまりよくないと言うのです。

30分もそんな話を聞かされました。

そして「思い切って試験を受けてみるか?」と言われました。

私にはそれがどんなものなのかサッパリわかりませんでしたが、その区立の中学校には行きたくないなと思うようになっていましたので、頷いてしまったのです。

それから1年間の受験勉強です。

学校の友達とは遊べなくなり、テレビも土日以外は見られない状況です。

日曜日には有名予備校に通う羽目にもなってしまいました。

私は学校での成績は中の下というところでしたが、半年でクラスで2番の成績まで上がりました。

1番は麻布中学に入った本当に頭のいい友人でしたので、しかたありません。

夏休みも過ぎた頃です。

親父がまた部屋にやってきて言いました。

「第一志望のK中学校はお前の成績では難しいようだ」と。

「ランクを下げてS中学かW中学にしよう」と言われました。

その時私は結構ショックを受けてしまい「俺はやっぱりバカなんだ!」と落ち込んでしまいました。

受験日の直前の日曜日です。

親父から「亀戸天神に行くぞ!」といわれバスに乗り亀戸に行きました。

そのバスの中で天神様は受験生の願いを叶えてくれる神様だと教わりました。

受験時期でしたから亀戸天神は結構な賑わいでした。

親父に連れられてお参りをして、絵馬を買って祈願を書き帰ってきました。

天神様のおかげかどうかはわかりませんが、合格しました。

もし不合格であったら天神様を罵っていたでしょう。

これが願掛けという初めての体験でそして最後の願掛けでした。

今でも亀戸天神に訪れると、受験生たちの絵馬を読んで応援しています。

19歳の時に友達のバイクに乗って神社へ合格祈願に行った話

私は40代の男性です。

これまでの人生で願掛けした経験を振り返ってみると、神社で大学受験の合格祈願をしたことをよく覚えています。

合格祈願は珍しくない願掛けですが、私は初詣でに神社に行くような習慣がないため、その時の合格祈願のことはよく覚えているのです。

そして、その後の大学受験に実際に合格をしたので、さらに印象が強いのかもしれません。

高校を卒業して現役での大学受験には合格しなかったので、その時は1年浪人して受験勉強をしている頃でした。

19歳の時だったと思いますが、高校を卒業すると小学校から10年間ずっと続いていた学校に通うという生活が無くなります。

そして19歳という年齢ですので、自分の周りの環境が大きく変化する時期です。

そんな時期は、期待と不安が混ざった気分の人が多いと思いますが、私の場合は大学に合格するのか不安な部分の方が大きかったです。

合格祈願には湯島天神に行ったと思いますが、どこに神社に行ったかよりもその時の自分の心理状態がとても印象に残っています。

浪人してからはかなり頑張って勉強するようになったのですが、その効果があったのか模擬試験などでの成績が上がって来ました。

それまでの10年間の学校生活は、成績の良くない学生として過ごしていたので、19歳という年齢は自分の人生でかなり大きな転機のようなものが多かったと感じています。

それから、合格祈願には友達のバイクに乗って行ったのが記憶に残っています。

18歳ごろに車やバイクの免許が取れるようになるので、自分が大人になっていく変化を大きく感じることでもありました。

その日は友達のバイクに乗って卒業した高校に卒業証明書を取りに行ったと思うのですが、その帰りに合格祈願に行くことになったのだと思います。

高校を卒業する辺りの時期は、車やバイクに乗る友人が増えると思いますので、一緒に乗せてもらう機会が多くなり、楽しい時期とも言えるでしょう。

願掛けの話というより、その時の自分の周りの話になりましたが、20歳になる前は長く感じる時間なので、真面目に受験勉強をしていたら合格祈願に行くと、その後の人生でも大きく印象に残りますのでオススメです。

30代、女性 神社に願掛けし気持ちが楽になった

40代、現在子育て中の専業主婦です。

これは、30代の頃のことです。

家族の一人に病気が見つかり、自分にもなにか出来ないかと考えた時に神頼みではありませんが、お参りに行きました。

病気になってしまったら、周りの人間にはどうしてあげることも出来ないんだなと強く感じました。

確かに、お見舞いに行ったりすることは出来ますが、何か出来ることはないかとすごく思っていました。

そして、他の家族と一緒に神社へおまいりに行きました。

普段は、正月にお参りに行くぐらいですが、本当に藁にもすがる思いでした。

ただ必死に、お参りしていました。

何も出来ないので、せめてお参りに行くことしか出来ませんでした。

神社には、他にもたくさんの人がお参りに来ていました。

ただひたすらお願いするしかありませんでした。

自分たちがお参りに行ったからではないかも知れませんが、家族の病気も良くなり本当に良かったと思いました。

もちろん本人が病気と必死で闘ったからだと思いますが、いざとなると本当に何もしてあげれないんだなとつくづく感じました。

しかし、お参りに行くことで自分たちの気持ちも少し楽になるような気がしました。

かなり思い詰めていたし、そう言う風に思い詰めてばかりいてはいい雰囲気でもなかったと思います。

今思えばそう言う風に思えますが、その時には周りが見えないと言うか、何とも言えない空気があったんだと思います。

しかし、神社にいってきちんと願掛けをすることで、気持ちの切り替えみたいなものが少し出来たようにも思いました。

ただ、ただ暗く、思い詰めてばかりだったのが自分たちの考えも少し変わったようにも感じました。

神社などに行くと、その場所に行くだけで気持ちが本当にいい風に変われたように感じたので、その場所に行くだけでも良かったのかもしれません。

いい気みたいなものがもらえたように思います。

毎日張つめた空気のなかにいたので、少し気持ちが楽になったのを覚えています。

34歳 女性 出雲大社で願掛けをして ガッツポーズ 

私は埼玉県在住の34歳独身の会社員です。

小学校まで公立で中学校から大学までは私立で育ちました。

大学卒業後は実家の営む会社に就職をし、何不自由のない生活を送っていました。

しかし、自宅勤務のせいか出会いがなく彼氏はもとより男友達すらできませんでした。

そんな男日照りな人生に焦りを感じているところ、何か良いきっかけはないかと探していました。

32歳になった時に、そろそろパートナーが欲しいなと、周りに結婚している人を見て思いました。

「どうしたら彼氏ができるんだろうか・・・。

」そう思い、マッチングアプリに手を出したり、結婚相談所へ申し込んだりして、婚活をしていました。

そうしている時に、テレビで出雲大社は縁結びの神様がいらっしゃるとのことを観て、通うようになりました。

毎月1回に行き、パートナーが出来るよう、願掛けをしました。

願掛けに出雲大社へ行く時は真剣でした。

「どうにかパートナを私に・・・」そう電車の中で念じていました。

周りはもうパートナーがいる人だらけですので、私にだけいないということは、不公平だとも思ったこともありました。

後悔していることは何と言っても交通費ではないでしょうか。

と、言いたいところですが、六本木と朝霞の分社に願掛けに行っていたので、そこまでかかりませんでした。

よって、後悔していることはありません。

よかったと思うことは、願掛けに出雲大社に行くことによって、改めて自分にパートナーが欲しいし必要だと思えたことです。

また、1年後ではありましたが彼氏が出来たことはとてもよかったと思います。

・みている人にアドバイスがあるとしたら
何もしないでモジモジしているよりも、願掛けを始めることによって、気持ちの整理ができたり、今の自分に何が必要なのか見つめ直すことができるので、願掛けはとても良いきっかけとなると思います。

34歳 太宰府天満宮で学業祈願 無事合格

これは私が中学生だった頃のお話です。

私はとにかく勉強が大の苦手でした。

特に英語と社会はまるっきりダメで、ビー動詞ってなんだろう?エー動詞はいつでてくるのかな?なんて言っちゃってるかなりのお馬鹿さんでした。

運動も苦手だった私は、中学生になって初めてできた縄跳びの二重飛びに今さら夢中になり、勉強そっちのけで毎日飛んでました。

そして一番問題は、勉強できない自分のことを全く気にしていなかったことです。

しかし、中三になったら話は変わってきます。

まわりは勉強一色になり、あそこの高校は偏差値がいくらだ、私立だとあそこがいいなどそんな会話ばかりになります。

そこで初めて焦りだす私。

いろんな模試を受けてみるもどの高校もD判定やE判定ばかり・・・

もうこうなると神頼みしかない!
私が住んでるところは幸いにも福岡!
ここには学問の神様、菅原道真公が祀られている太宰府天満宮があるではないか!

苦手な歴史で唯一覚えていた情報です。

藁にもすがる気持ちで太宰府天満宮に願掛けにいきました。

こんなちゃらんぽらんな私でも、さすがに何もしないのに合格させてくださいなんて願うのは虫がよすぎると思ったので、

これから一生懸命勉強しますので、どうにか高校に合格させてください。

そうお願いしました。

それからは心を入れえて勉強に励む毎日。

塾にも通い始めました。

それから成績がメキメキあがって学年首位に!なんてことはなかったですが、苦手だった英語も社会も人並みの成績をとることができるようになりました。

そして受験が近づいてきたある日、私はまた太宰府天満宮にお参りにいき、願掛けをしました。

あの日から一生懸命がんばりました。

なのでどうか受験は私の得意分野がでるようによろしくお願いします!!

いよいよ受験当日。

試験内容をみるとどうでしょう。

まさに私が得意としている分野ばかりではありませんか!
すらすらを問題を解くことができ、私は無事に志望校に合格することができたのです。

あの時は菅原道真公本当にありがとうございました。

50歳、男性、子供の受験のためにお酒を断って願掛け!

いつの世も我が子の事を思わない親はいないと思います。

これは我が子の高校受験の時に僕がした願掛けの話です。

僕は50代、男性、会社員です。

家族は家内、高校1年生になる長男の3人家族。

長男は去年、高校受験を終えて無事、第一志望の高校に入りました。

その高校受験の時、僕は長男が希望の高校に入れるように願掛けをしたんです。

我が家の長男、正直に言うと中学校1年生、そして2年生の時期はあまり勉強が出来る方ではありませんでした。

けれど子供って何がきっかけになるか分かりませんね。

どうも彼なりに自分のこれからの人生、いろいろと考えて決心をしたようです。

高校受験に当たっては当時の彼の学力や学校の成績ではかなり厳しい高校を第一志望にすると言いだしました。

自分の子供そう決心をしたんです。

親としてその希望を否定する理由はありません。

子供はそれまで全然見向きもしなかった学習塾に毎日のように通い一生懸命、勉強をしています。

それこそ親が見ても人が変わったように勉強を始めたのです。

そんな彼の姿を見て、もちろん僕は心の中では彼を応援していました。

もし、希望が叶わず、第一志望の高校に合格しなかったとしても、きっと彼のこの経験はその後の人生の中で大いに役立ってくれるはずですし、なにより彼の自信にも繋がると思ったのです。

けれど、僕は僕なりに考えて、何か自分も子供を応援する気持ちを形に出来ないかと思うようになりました。

子供も中学3年生ですからいろいろと遊びたい盛りでもあります。

そんな気持ちをこらえて自分の将来のために一生懸命勉強をしているのですから僕も何かを我慢する事で願掛けをしようと決心をしたのです。

具体的には子供の受験が終わるまで、大好きなお酒を断つことにしました。

僕は会社員で普段は営業の仕事をしています。

だから会社の付き合いだったり接待だったりとお酒を飲まざるを得ないシチュエーションというものはそれなりに避けられなかったのですが、敢えてそこはお酒を断つようにしました。

大好きなお酒を断つことは僕にとってもかなりキツイ経験です。

けれどキツイ思いをすればするほど子供の希望が現実に近づいているような気がしました。

そしてどうやらそんな僕の気持ちは子供にも伝わったようです。

子供は僕が願掛けをしていると知ってからというもの、一層、勉強に励むようになりました。

その効果もあって、中3の2学期にはあれほどハードルが高かった第一志望の高校もいよいよ手に届く範囲に入ってきたのです。

そして年が明けていざ、受験本番。

子供は見事第一志望の高校に合格を果たしました。

いや、合格した日に家族三人でお祝いをした時のお酒の美味しいことと言ったら、言葉には表せませんね。

この合格は家族みんなで勝ち取ったような気分になったものです。

やっぱり何かを成し遂げようとしたら何かを犠牲にすることって必要だと思います。

今回の願掛けではそんな大事な事を教わったような気がします。

願掛けをすると、目標に対するモチベーションにもなりますよ。

これから何かを成し遂げようと考えている人は是非、参考にしてみて下さいね。

40歳女 京都地主神社で恋が叶いました

私は40歳主婦です。

願掛けしたのは高校3年生の時でした。

私はその頃、片思いをしていた人がいました。

その人は、高校2年生の夏に友人に誘われてグループで行った花火大会に来ていた1人でした。

同じ高校に通っている人でしたが、クラスが一緒ではなかったので、全く接点がなかったのですが、たまたま席が隣りになったので話をしてみると気が合うなと感じました。

相手もそう思ってくれたみたいで、花火大会の当日に連絡先を交換し、ポケベルでよく連絡を取っていました。

ただ、うちの高校は進学校でしたので、高校2年生の後半になるとみんな必死に受験勉強を始めだします。

私も大学に進学したいという目標があったので、それなりに勉強をしていました。

その彼もきっと大学進学のために勉強をしているだろうなと思い、ポケベルでたまに連絡はするものの、いろいろ誘ってみたい気持ちを抑えていました。

そして高校3年生になって進路選択を迫られる頃になりました。

私は京都や神戸の大学に行きたいという気持ちがあったので、夏休みに京都や神戸の大学のオープンキャンパスに参加しました。

周りには関西方面の大学への進学希望をしている子がいなかったので、一人で行くことにしました。

オープンキャンパスはとても有意義でしたが、私はどうしても中学校の修学旅行の時に行ってもう一度行きたいと思っていいた場所があり、そこへ行くことも一つの目的でした。

それが京都の清水寺の横にある地主神社です。

地主神社は恋愛の神様で、ここにお参りしたりお守りを買っていくと恋が叶うと言われています。

私は中学生の時は好きな人がいなかったので、通っただけでしたが、いつか好きな人が出来た時には来てみたいと思っていました。

オープンキャンパスの後、清水寺にお参りして、地主神社に行きました。

天気のいい日だったので、とても暑かったですが、念願かなってもう一度来ることができてとてもうれしかったです。

そこでお参りをして、恋愛成就のお守りを買いました。

そこでお願いしたことは、今は受験勉強でお互い恋愛どころではないけれど、受験が終わったら一緒に遊びに行ったりしたい!そしてできれば告白して成功したい!ということです。

お参りをしたおかげからか、それから私は一生懸命勉強をして希望通りの大学ではなかったけれど、合格することができました。

そして彼も大学に合格したよという報告をしてくれました。

ただ、私と彼の通う大学は遠くて、大学生になったらなかなか会えそうになかったのです。

でも何となく私もそれはわかっていたので、仕方ないと思っていました。

もし両想いで付き合いたいとなっても遠距離になってしまうので厳しいとは思うけど、それでもこの思いは伝えたいと思い、思い切って告白することにしました。

すると、彼からOKの返事がもらえました。

お互い新しい大学生活もあるから、なかなか会えないけれど、それでもいいならという条件でしたが付きあえることになりました。

その後、私も彼も大学生活が忙しくて、結局半年くらいで別れることになってしまいましたが、願掛けしたおかげで大学合格と恋愛成就ができました。

24歳男、神社で願掛けをして強い心が持てた

僕は、24歳既婚者男性です。

現在1人の子供妻と3人で暮らしています。

僕が願掛けしたのは、20歳の時でした。

当時、その頃は本当に運が悪く毎日が波乱万丈な日々を送っていました。

仕事面でも大きな仕事を任されていたのにかなりの大きなミスをしてみたり、ずっと親友だった人に裏切られたりして今思えば結構精神面がズタボロだったと思います。

ある日のこと、居酒屋で友達と最近全然運もないし悪い事ばかりだと話をしていると、(何にも悪いことが起こらないようにお願いせえよ)と半分冗談な感じで言われました。

ですが、その当時の僕はそんな冗談でもすがりたい気持ちでした。

そこで、インターネットで神社を調べて神様にすがりに行きました。

そうしないと本当に病んでいたので自分がつぶれてしまいそうだったからです。

そしてそこの神社で願掛けをしました。

(毎日が平和でありますように)と願をかけました。

それを終えると少しばかり気持ちが楽になった気がしました。

あれから4年ぐらいたちましたか、その4年平和だったかと言われると全然平和ではありませんが今では1人の子供が産まれて3人で暮らしている毎日が幸せです。

でも、その時願掛けをして良かったと思います。

やはり気持の問題が大きいと思います。

実際私は、願掛けをして仕事で失敗をしても大丈夫と言い聞かせることもできたし人間関係でもなんとかなるやろとポジティブな考え方ができるようになりました。

本当は、神社に行って願掛けをせずともつらいことが起きても大丈夫、と自分に言い聞かせられる強い心が必要なんだと思います。

当時の僕は全然そんな強い心を持っておらずネガティブな思考ばかりでしたが、つらいことが起きてもポジティブ思考になることができ本当に救われました。

願掛けは、人を思い込ませる事で願いもかなっていくということかなっと僕は思います。

是非皆さんも、毎日が願掛けしたみたいに自分の願いは叶うと思い込んで日々過ごしてほしいです。

27歳、男性、東京消防庁で働かせてくれ!

 私は、フリーランスをやっている長崎県在住の者です。

私は、神様の存在を信じていません。

ですが、かつて神様にでも祈りたくなるようなエピソードがあります。

 私は、消防士になることが夢でした。

私は夢に向けて、高校生活の殆どを公務員試験の勉強に捧げました。

毎朝早起きして、7時から学校で補修授業、昼休みは適正検査の練習、放課後にも1時間の補修授業を受けていました。

当時の私は、なんとか受かればいいな程度の気持ちで勉強していたのですが、毎日の猛勉強を重ねているうちに、受かりたいという気持ちが強くなっていました。

公務員試験前最後の夏休みも、福岡県内の公務員ゼミナールまで遠出し、公務員試験対策の授業を受けに行ったりなど、秋の公務員試験に向けて毎日勉強に励みました。

そして、いよいよ東京消防庁の1次試験が、福岡県の九州産業大学で行われました。

大学の敷地内に誰よりも早く到着した私は、「頼む、俺に力をくれ!」と目を閉じて、何かにお祈りをしたことを今でも覚えています。

そのお陰なのか、1次試験では勉強したことを全て出しきり、1ヶ月後、1次試験通過の通知を受けました。

ここまできたら、もう絶対に落ちたくない。

そう思った私は、誰にも負けないつもりで2次試験の面接対策と体力試験対策に毎日励みました。

そして、2次試験当日も、誰よりも早く試験会場に到着し、「頼む、今日も俺に力をくれ!」と、1次試験同様、目を閉じて何かにお願いをし、試験に臨みました。

2次試験もそつなくこなせはしたものの、結果は本当に「神のみぞ知る」という感じでした。

こうして私は、東京消防庁の試験に最終合格することができたのです。

 今振り返ると、この出来事こそが何かに願掛けした最初で最後のエピソードでした。

しかし、その背景には日頃のたゆまぬ努力があったことも事実です。

私は、都合よく神に祈ることは嫌いです。

やはり、神様にお願いするのであれば、それ相応の努力をしないといけない。

私はそのように考えています。

45歳女、必死な思いで京都で復縁を願う

私には、運命を感じていた男性がいました。

すれ違いから、離れることになってしまいました。

どちらも強情で、自分から折れることがなかったので、仲直りができず、そのまま別れたまま、会うこともできませんでしたが、何やら強い絆のようなものはずっと感じていました。

そして、彼と一緒になるべきだとも考えていました。

だから、「彼がまた私を誰よりも、大切に、私だけを特別な人間だと思ってくれるように」と、京都の願掛けが必ず叶うと言われている神社に行って、お参りしました。

しばらくは何もなく、私もあきらめ始め、仕方なく(という言い方は良くありませんが)違う男性と結婚前提でお付き合いを始め、結婚が決まりました。

そのときです。

知人から電話があり、彼が事故にあって重態だと知ったのは。

とてもとても悩んで、お見舞いに行きました。

残念ながら、彼は意識もない状態でしたが、ご両親とお会いし、彼がずっと私に会いたがっていたことを知りました。

とはいえ、彼は意識不明、意識が戻るかもわからないと聞き、悩みながらも、私は結婚を選んでしまいました。

好きでもなく、また、彼と結婚できないなら誰でも、どうでもいい気持ちで。

しばらくしてまた、彼のご両親から連絡があり、意識が戻って、リハビリを始めたことを知りました。

お見舞いに行ったところ、事故の後遺症がひどく、彼には記憶が飛んでいるところがあり、左半身が動かないままで、知能にも影響があり、普通には生活できないことを知りました。

それでも彼は、私を好きだと言い、結婚してほしいと言ってくれました。

ずるい私は、彼との療養生活と、夫との生活を天秤にかけ、夫との生活を選びました。

彼からは、何度も何度もプロポーズされ、断り続けたところ、ようやくあきらめたと2年前に連絡があり、それから一度も連絡がありません。

そして現在、私は夫と別居中。

子どもを育てながら、毎日お金の心配をして眠れない毎日を過ごしています。

どちらが幸せかはわかりませんが、神さまにお願いしておきながら、自分勝手な考えから、そのお願いを自分から破ると、それ以上に酷い目に合うのだと感じています。

26歳女 高校受験成功の願掛け

今はOLしている女性です。

私の高校受験時のお話です。

中学時代、学校が少し荒れていて、同じ中学から通う子が少ない遠方の高校を受験しました。

今の環境や自分の運命を変えたくて、とにかく勉強に打ち込みました。

受験校として選んだ第一志望の高校は、新しく2つの高校が併合されて、新しい名前になり、新しい学科ができた、全く過去データのない高校でした。

当然、受験の傾向も倍率も読めません。

予備校で聞いても、傾向は読めないと…
新聞に出た倍率を見て、私は愕然としました。

こんなの無理じゃん!て…
面接のみで合否を決める、1回目の試験は不合格。

ペーパーで合否を決める2回目の試験に運命を託しました。

試験受験後、私は母と、時にはペットも兄弟も連れて、みんなで毎日神社にお参りしました。

受験番号を口走りながら、鳥居を抜けて、境内を抜けて、本堂まで。

帰りもまた鳥居を抜けるまで、番号を口ずさむことを忘れずに。

受験期間で、気持ちは不安定だけど、早く合格が欲しいけど、私はこの神社に向かう時間を楽しんでいた気がします。

結果、無事に第一志望の高校に合格することができました。

周りの環境は劇的に変わりました。

毎日笑顔で楽しくて、仕方がない高校生活が私を待っていました。

精一杯努力したことを確認するように、一歩一歩本堂へ向かった毎日は、私にとって自分を見つめ直す貴重な時間となりました。

自分に自信が持て、心が落ち着いていく感覚も実感できました。

今は離れて暮らしておりますが、みんなで神社に行ったこと、訪れた合格発表とその時の嬉し涙までが、家族との思い出の一つになったことも良い経験だったと振り返ってみて思います。

もし受験を控えている方が居るなら…
勉強や結果に追われる時間は本当に辛いですが、振り返ってみると本当に貴重な経験になります。

あの経験なしには、今いる私は作られないと思っています。

ゴールまであと少し!と奮い立たせて、どうか良い未来を掴みとれますように。

29歳女 一生に一度の出会い

29歳の女性です。

都内在住です。

わりとモテるほうで、彼氏が途切れたことはあまりありませんでした。

自分の直感で相手を選び、占いや神様などはあまり信じないほうです。

25歳の時に、学生時代から7年付き合い、私の両親との関係も良好だった彼氏と別れました。

原因は私にあったと思います。

彼は私にとって優しすぎる。

このままでは甘えてばかりで、私はだめな人間になってしまう。

振ったのは私でしたが、それでもやはりつらい決断でした。

突然の事後報告に、家族を始め周りは大反対でした。

なぜ突然別れてしまったのか。

あんなにいい人は他にいないと言われました。

少しの後悔はありましたが、すぐに新しい彼氏ができるだろうと思っていおました。

その後、ヤケになって婚活をし、付き合っては別れを数回繰り返していた時、元彼の結婚を知り、悲しみのどん底にいました。

結婚相手は私も知っている人だったんです。

ショックでした。

その頃付き合っていた人とは、少し長く続き、上手く行っていました。

年上の彼でお金もあり、私は結婚を迫っていました。

今思うととても恐ろしいのですが・・・(笑) その彼の反応はイマイチで、悶々と日々を過ごしていました。

その際に、明治神宮で、良縁をお願いしました。

もしかして今の縁は、間違っているものではないか。

もしかして、私にとっての良縁は今の彼ではないのかも。

とその時感じました。

これは2年前の話です。

そのあと、やはり「結婚は考えられない」と振られました。

ただ不思議とそこまで落胆せず、前向きに次の恋愛をしようと思えたところで挑んだ婚活で、今の夫に出会うことができました。

年下は眼中になかったのですが、なぜかその時は「会ってみてもいいかな」と思えたんです!会ってみたらとても素敵な人で、1年で結婚しました。

今はすごく幸せです。

結婚は1人ではできません。

今の彼と、あなたは幸せになれますか?少し考え方を変えてみるのも大事かもしれません。

皆さんに幸せになってほしいです。

40代女 事前参拝で採用率UPさせてハッピーに

40代、女性で自由業で在宅ワークをしています。

自由業で在宅ワークをしているといっても、屋外へ外出する時間はあるため、短期や単発などで通勤型のお仕事もしています。

そこであることに気付きました。

それは面接前にお参りをすると、採用される可能性が上がるということです。

大抵は遅刻を防ぐために、面接時刻よりも早く家を出ることが多いと思います。

しかし電車の遅延や急なトラブルなどで到着がギリギリになってしまうこともあるでしょう。

そんなときは面接会場に迷わないように着くことに精一杯で、他に気を回している余裕はありません。

また電車の遅延が発生していない場合でも、30分以上も前に到着する可能性も低いといえます。

ただし電車が遅延していると事前に分かっていて、早めに家を出た場合、電車の遅延が殆どないと、極稀に30分以上前に到着することがあります。

約束の30分以上前に訪問するのはさすがに気が引けてしまいます。

そんなときは先に面接会場の場所を確認してから、周辺に神社・仏閣があると寄ることにしています。

そしてついでに水で手を清めて参拝もしています。

それから面接に挑むと高確率で採用されることが多いのです。

最初はそもそも30分以上に着くこと自体が少ないので、統計のとりようがなく、偶然だと思っていました。

しかし面接を重ねていく内に、参拝した後は採用率が高いことに気付いたのです。

参拝したことでご利益があるのかもしれません。

また参拝することで気持ちが落ち着いて、面接に挑むことができるため、採用される可能性が上がるのかもしれません。

審議は定かではありませんが、高確率で採用されることに間違いはないようです。

あらかじめ参拝する時間を見積もって外出するのは目的が違ってきてしまいますが、早く着き過ぎてしまって近辺に神社・仏閣がある場合は参拝を検討しても良いでしょう。

スマートフォンの普及で直接面談ではなく、テレビ電話で面接をする会社も増えてきました。

面接前の参拝はインターネットでは体験できることではありません。

少しでも採用率を上げたい方はあえて直接面談を選択して、事前に神社・仏閣に参拝してみてはいかがでしょうか。

35歳男 関西有名な縁切り神社にて職場人間関係の改善を願掛け

はじめまして社会人15年目3代子供が3人いる男性です。

私は勤続して15年になりますが会社の人間に恵まれず先輩から厳しい指導と言う名のいじめを受けてきました。

体育会系と言う法の意味のわからない社会人生活が始まりまるで大学部活の延長のような若いノリが多い職場です。

その中には絶対的独裁者のような先輩が1名おりその方の発言により白いものが黒と言えば黒くなりますそのような環境の中でこれまで耐えてお仕事をしてまいりました。

2019年9月時代は0話に変わりましたが、私の諸事情により関西方面へ出かける用事ができたため、有名な縁切り及び縁結びの神社に伺うことになりました。

というのも私たっての希望で先輩の入れ替わりを願いこちらの神社に願掛けを行うために参拝に行きました。

Googleマップの評価を見てみるとこちらの神社にはすごくご利益がありかなり高い評価がありました。

中には参拝に伺った直後にその方自身の転勤がきまり、嫌な上司から離れることができた。

との記載や直後に上司の転勤が決まったなど信じられないほどのご利益が書かれていたため、私は積年の思いをここで晴らすべくすがる思いでワクワクもありながら行きました。

行く前までは固有名詞を絵馬に書いて具体的に参拝するつもりでしたが、同僚と伺ってしまったこともありその方の名前を書くことを控えてしまいました。

この点については固有名詞をかきたかったなぁと後悔しています。

まだその方は転勤にはなっていませんので今後どのような展開になっていくのか私は非常に楽しみな気持ちです。

もしこれにて願いが叶いその方との縁が切れた暁には再訪しお礼を言いたいと思いますし、私のみでなく私の身の回りの人にもこの出来事および事実を周知したいと思います。

重人をする上で職場の人間関係に悩む方はかなりいらっしゃると思います。

今回のように縁切りを行える、願掛けにすがることのできる神社があることに希望を持ってネガティブにならずお仕事を継続できる方が増えることをまた願っております。