ギャンブル運が上昇したのはどんな時?ボロ勝ちした26人に聞いた!

公開日: 

このページの目次です

49歳女 100万円の単勝馬券

私は学生のころ好きな人がいました。

その人は競馬が大好きで、その人と出かけたくて、土日はいつも中山競馬場や府中の競馬場に通っていました。

当時の私は、ギャンブルには全く興味がなかったのですが、馬の美しさの虜になってしまいました。

その後、私は、その彼と別れてしまっても、週末は一人で競馬場に通い、馬を堪能する日々を送りました。

そんな日々の中で、私の心を奪ったのが「ディープインパクト」でした。

私は、競馬で儲けようなんて思ったことはなく、馬券を買うときはいつも応援馬券でした。

つまり、馬の名前の入った単勝の馬券を買い求めていました。

しかも、100円しか買わず、当たっても換金せず、と言った具合でした。

ところが、ディープインパクトを応援しているうちに、「この馬は負けない」という確信に至り、どんなに払戻金が少なくても、大きな金額をかければ、確実に儲かるのではないか?と思うようになったのでした。

そして忘れもしない、宝塚記念。

この年の宝塚記念は、阪神競馬場の改修工事で、京都競馬場で開催されました。

何を血迷ったか、私は100万円を握りしめて、窓口でディープの単勝馬券を買い求めました。

窓口対応をした関西のおばちゃんに、「あんた、なんか、間違ってるよ。

考え直しな。

まだ、間に合うよ。

」と説得されました。

関西のおばちゃんは、おせっかいだな、そこがいいのだけど…と、今思い出してもほくそ笑みます。

ディープの単勝馬券のオッズは、午前中1.3倍くらいありました。

つまり、私の儲けは30万円です。

30万円を一瞬にして稼げるなんて、競馬ってすごいな、なんて感心していました。

ところが、レースが近づくにつれて、倍率がどんどん下がっていきました。

当時のシステムでは、1.0倍があったので、まさか、100万円でドキドキ感だけを買うことになるのでは?と焦りました。

結局のところ、ディープは1位をとり、払戻金は単勝110円でした。

私は10万円を稼ぐことができました。

あれから10年以上の歳月が流れ、私は結婚をして、子どももいます。

今、こんなことをしたら離婚されてしまうだろうなぁ、と思うのですが、若いからこそできた無茶だったのかも知れません。

逆から言えば、若いころ無茶をしたからこそ、今、落ち着いた生活を送ることができているのだと思います。

後悔をしているとすれば、もっと競馬を研究して、3連単とかで大きく当ててみたかったな、と思います。

28歳男 原付で大転倒後にぼろ負け

兵庫県在住の28歳のサラリーマンです。

今現在はギャンブル自体ほとんどやっていませんが大学生の時はよくパチンコ屋さんに行ってました。

特にイベントがある日っていうのがパチンコ屋さんによってあると思うのですが、7月7日がラッキーセブンということでイベントをやっている大阪のパチンコ屋さんあり行ってみることにしました。

行く前は絶対勝ってやる、台に座れたら勝てるだろう、勝ったら何しよかな?美味しいもの食べよかな?みたいな感じでワクワクした気持ちで向かいました。

大学生ということでお金もなかったので原付で約1時間ほどかけて大阪のパチンコ屋に向かっていたのですがあいにく行っている途中で結構激しい雨が降ってきて道路が濡れていたということもあり少し急ブレーキをしたときに大転倒をしてしまいました。

原付は傷だらけになり、自分自身も腕全体を擦り、血だらけになってしまいました。

持っていたタオル等で押さえていたらすぐに血が止まりました。

そのパチンコ屋まであと半分というところまで来ていてのですが、あまりの大転倒で怪我もしたので帰ろうと思いました。

しかし少し休憩をしているとこんなに怪我して痛い思いをしたのだから今日はパチンコも勝てるだろうと思い、なんとか向かうことにしました。

パチンコ屋さんに行くとイベントごとということもあり大勢人がいましたが何台か空いている台があってので感覚的に良いと思った台に座ってみることにしました。

手持ちは8万円だったのでこれだけばあれば勝てるだろうと思っていました。

するとあたりはするもの続かないことが多くて見る見るうちに残金が無くなっていきものの1時間ほどで手持ちの8万円がなくなってしまいました。

まさか負けるとは思っていたのでイライラが止まらずの帰り道だった記憶があります。

ある意味こんなについてない1日というのもあるのだと今となっては自分の中では笑い話になっています。

悪いことがあったから次は良いことが起きるとは限らないということを学びました。

47歳男 パチンコに初チャンレジしたら大勝ちしてハマりました

私は47歳の男性です。

今はパチンコやパチスロ等のギャンブルをしてませんけど、10代後半~20代前半まで凄くハマったことがありました。

当時地元繁華街にあるゲームセンターにほぼ毎日のように通っていました。

この頃は大学入学したばかりで、駅から自宅までの帰り道についつい立ち寄ってしまってたんです。

当時の格闘ゲームブーム真っ只中でしたし、ゲームセンターに夕方~夜まで常駐してました。

このように常連と化して居つくと、同じようにゲームセンターに居ついてる他常連達とも仲良くなり、ゲームについて熱く語り合ったり、食事に行ったりなんて事も。

最初の頃はゲーム関係の話題がほとんどだったのですが、途中から話題にパチンコがあがりました。

常連の数人はパチンコにハマっており、数万単位で勝った負けたの話をしてるんです。

当時18歳の私にとっては1万円でも大金に感じましたし、大勝してる話を聞いては羨ましいな~と感じてました。

そんな私の心中を見抜いたのか、常連の一人が私をパチンコに誘ってきたんです。

3000円使って当たらなかったらやめる等の線引きをして打ったら大負けはしないし、試しにいかない?と。

興味のあった私はその誘いに乗り、パチンコに初チャレンジしました。

結果から言うと初回は大勝ちでした。

ビギナーズラックとでもいいましょうか。

使ったお金は1000円だけ。

1000円分のパチンコで大当たりし、そのまま連チャン。

その後も調子良く、トータル3万円も勝ちました。

あれ?こんな簡単にお金って手に入るものなのか?と感じ、パチンコに通うように。

いつも通っていたゲームセンターのすぐ近くにパチンコ屋は3軒ありましたし、ハシゴしてましたね。

打ち方は3000円分打ってみて、負けたら隣の店で3000円分打つといったハシゴ戦法。

それか全然出ずにハマっていたパチンコ台を打つハイエナ戦法等色々。

もちろん負ける事もありましたが、基本的にパチンコで勝って得たお金の中でのヤリクリでしたので生活に響くといった事もなく楽しませてもらいました。

社会人になってからはパチンコ屋へ行く時間もなくなったので、そのままフェードアウトしてしまいましたが・・。

時間に余裕があれば、今でもパチンコにハマってたでしょうね。

37歳女宝くじに当たりました

私が事故にあったのは、今から5年程前です。

普通に運転をしていたのですが、後ろから8tトラックに衝突されました。

信号待ちをしていて、スタートして100mも行かない場所でしたので、後ろの方もそこまではスピードは出ていなかったと思います。

後ろに子供を乗せていたので、子供に何もなかったのですが、それでもぶつけられて外に出たときが、足がガクガクでした。

ファミリカーの車体半分がめちゃくちゃ。

本当に、子供が無傷だったことが奇跡だと思うくらいの事故でした。

救急車に乗り、病院で一通り検査をしたのですが、私も子供も何も症状がなく、その後に首などが傷むことがあるかもしれないということでしたけど、未だに何の症状もなく、病院帰りにスーパーに行き、料理もしたくなかったので、その日は惣菜を購入しました。

スーパーの駐車場に宝くじ売り場を見つけました。

事故に遭う前も、ロトが好きで、時々購入していたのですが、当たられた日に宝くじが当たるというのを耳にしたこともあり、幸い子供にも何もなかったので、購入して帰宅。

1個でも不思議と当たる気がしていて、自信があるというのも不思議な話なのですが、あったんです、その日は。

それで1個だけ購入して、その翌日だったかな。

抽選があり、当選番号を見たら、3等ゲット。

額にしたら、そこまで裕福な暮らしが出来るほどでもなかったのですが、それでも宝くじに当たるというのは、嬉しい。

ボーナス数字が当たっていたら、1000万ほどゲット出来ていたのに。

ボーナス数字も、1つずれていたんだけ、そのずれが大きいのですが。

車は、相手方が10対0で悪かったので、保障してくれて、40万円は、家族で旅行に行く費用に当てました。

事故に遭って、宝くじを買った話を当日に旦那にしたら、「そんなことは絶対にないから」とバカにしていた旦那でしたけど、旅行に行けて大喜びでした。

事故に遭わずに宝くじを当てることが出来るのが一番良いのですが、予感というものが不思議とあって。

怪我もなく、余裕もあれば、事故に遭った後に宝くじを購入してみるのも良いかもしれません。

宝くじに当たる確率も低ければ、事故に遭う確率もなかなかないのが現状ですが…。

29歳女 カジノでストレートフラッシュ

現在、29歳、1児の母です。

24歳で結婚し、3年間程マレーシアで生活していました。

マレーシア生活ではまだ子どもがいなく、日本のようにあまり遊ぶ場所がなかったため、1年間程住んだ頃から休日に良く主人とカジノに行っていました。

日本で生活するよりも経済面では余裕があったので、カジノで遊ぶことが多くなりました。

何十回とカジノに行き、そこそこ勝てた日もあれば大損して帰る日もありました。

でも、結局トータルすればマイナスには間違いない日々を過ごしていました。

そんなある日、いつもやっている5ポーカーで遊んでいた時、ストレートフラッシュという上から2番目に凄いカードが手元にきました。

そして、なんとゲームに勝ち賞金を手にいれることができました。

今まで上あら3つ目までは出したことがありましたが、その上からが一気に賞金金額もあがり、とてもハードルが高いものになります。

それが、ついに出ました。

3枚目のカードくらいまでは良くある話で、またかくらいに思っていましたが、4枚目が見えて、そして最後の1枚のカードを見たときには「わー」と声を上げるほどでした。

主人も私も興奮して、周りの観客を巻き込んで、喜びました。

今まで使ったお金が全部返ってきてました。

やっと全部チャラになったと思い、ウキウキ気分でその日は帰りました。

でも、そこでやめんかったのがギャンブルの恐ろしところだと思います。

その買ったお金をもってまたカジノに行くようになりました。

結局、ほぼ全部使ってしました。

あそこでやめてほしかったものを買って、貯金をしておけばなんと後悔もします。

その時は楽しいので、ギャンブルは恐ろしいです。

是非、ギャンブルに飲み込まれないようにしてほしいと思います。

決して、借金をしてまで、カジノにせっせと通った訳ではありませんが、終わりを見極めることはとても大事だと思います。

娯楽として、楽しむ、それを忘れないでほしいと思います。

しかし、カジノでもとても高い賞金金額を手に入れたことはとても良い思い出です。

26歳男性 パチンコ初体験

私は現在26歳サラリーマンをしている男性です。

大学進学と同時に地元を離れて一人暮らしをはじめ、金融機関に勤めたのち、転職をして一般企業に再就職しました。

そんな私ですが、ギャンブルというものにあまり触れてきませんでした。

周りでは、年末に当選発表のある宝くじを買ったとか、学生のころにはパチンコでいくら稼いだとか、そういった話はたくさん聞いていました。

私自身興味もありましたが、生活費がギリギリになっていたのでギャンブルにはまると破綻してしまうと思い、全く手を出さずに生活をしてきました。

そんな中で、先輩にパチンコに誘われました。

いつものように断ろうかと思いましたが、執拗に誘われました。

そのうち、興味のほうが勝ってしまい、パチンコ店へ行くことになりました。

店内に入ると耳を劈くような音に襲われます。

そして、たばこ・酒のにおい。

外装は煌びやかでも店内はっても長時間いられるようなところではありません。

せっかく来たのだからとパチスロマシンで遊んでみることにしました。

試に5000円ほど入れ、操作方法もいまいち分からないまま遊んでみます。

見る見るうちにメダルはなくなり終了。

財布に入っていた5000円が1時間と経たずになくなってしまい、この5000円で他に何ができただろうかと考え、なんだかむなしい気持ちになりました。

その後は先輩が打っているところを眺めているだけでした。

20000円ほど買っていたようで、ご飯に連れて行ってもらえました。

やはり、勝つとうれしいのでしょう、とても饒舌に話していたのを覚えています。

しかし、私はどうもあの店内の雰囲気になじめないですし、勝つまで打ってみないと魅力を感じることはできないと思うのですが、またパチンコに行きたいとは思いませんでした。

興味本位でパチンコ店に足を運んでみましたが、私には合わないという事がわかり、むしろ連れて行ってくれた先輩には感謝をしています。

5000については今は授業料だと思い割り切っています。

興味のある方は是非足を運んで、自分に合うのかどうかを確かめてみてはいかがでしょうか。

54歳 男 ラスベガスでブラックジャックに勝利

私は現在50代の会社員ですが、まだ30代の頃、バブル景気の余波で会社の業績が順調だったため、社員旅行でラスベガスに行くことになりました。

ラスベガスは言わずと知れたギャンブルの本場です。

皆、一攫千金を夢見て、ホテルのカジノに乗り込みましたが、英語が出来ない社員ばかりでポーカーやブラックジャックなどの対人ゲームは会話が発生しそうなためか、しり込みしてしまい、結局ほとんどの人が黙ってチップを詰めばいいルーレットか、スロットをしていました。

けれども私は意を決してブラックジャックのテーブルに座りました。

空いていた席の隣にいる白人はグラスを片手に酔っていて、強気にカードを引きまくっており、場に出ているカードを見ていた限り、小さい数字は残りが少ないように思えたからです。

しばらく見ていたのでカードを引くときにはテーブルを軽く指先で叩けばいいし、ストップの時は掌をディーラーに向ければいいのもわかりました。

カードを何セットか合わせてシャフルしているとはいえ、隣の酔っ払いのおかげで多く出ているカードの傾向ははっきりしていたので、私はバーストしないように慎重に手を進めました。

酔っぱらい男はほとんどバーストさせているので、やがて私とディーラーの一騎打ちのようになってきました。

金髪でおそらくは同年代くらいの女性ディーラーでしたが、本場の一流ホテルに勤めるプロ相手なので油断せず勝負したのですが、最初の読み通り、小さい数字はあまり残っておらず、バーストしやすいひりひりした展開を乗り切り、約400ドルほど勝ったところでディーラーが変わりました。

その際に女性ディーラーは私に微笑み「グットジョブ」と言ってくれたので、チップを渡して、私も席を離れました。

ギャンブルとしては大きい勝ちではありませんでしたが、本場ラスベガスでプロのディーラーから讃えられたことは、金額以上に嬉しかったです。

冷静な観察で勝ち取った勝利でした。

それから自信をつけてギャンブルにのめり込んだかというと、実は真逆で、以来ギャンブルはしていません。

調子に乗ると酔っ払い男のように負け続けてしまう、それがギャンブルだという気がしたからです。

私は気持ちのいい余韻を残したままギャンブルから引退しました。

そこまで極端ではなくても、好事魔多し、と言いますし、調子に乗り過ぎず、潔く止め時を逃さないことが、ギャンブルに勝つコツだと思います。

44歳 男 18歳の頃の苦い思い出

今は2児の父でパチンコは本の暇つぶし程度に1パチを打つくらい。

昔のような爆発台や朝一から出るモーニングが懐かしいなぁと感じる中年のおじさんです。

大学入試に失敗し、浪人生生活となり日々予備校へ通う毎日でしたが、予備校の隣はパチンコ屋さん。

毎朝モーニングに並び、負ける事なんてほとんどなかった時代の話です。

当時の私は、勝ち越したお金が財布に入りきらない状態までになっており、とりあえず毎日20万円を財布に入れて出かけるというのが日課でした。

なので20万より多くなれば、多くなった分を家に置いて出かけるというような夢のような生活でした。

その日はある日突然やってきました。

ほとんど負けることなく、軍資金も潤沢にあったので授業もないので、地元のパチンコ屋さんで昼から当時人気のあったアレパチ、エキサイトを打つことにしました。

アレパチエキサイトといえば、デジタルが2桁で3か7のぞろ目で大当たりと、見てるだけでも大当たりを引きやすそうだし、友達も「アレジンより当たりやすいからクルーンの中に入りやすいものを選べば大体3万円も軍資金があれば当たるし爆発すればすぐにそんなの取り戻せるよ」とよく言ってたので、その日はエキサイトを打つことにしました。

昼頃より打ち始めて、「ピュイッ・・・ピュイッ!」左端には3や7が出るものの一向に当たりは出ません。

まぁ打ち始めたばかりだし、すぐに当たるなんて都合のいい日ばかりでもないだろうと、1000円札を代の横へある玉貸し機へつぎ込んでいきました。

まぁ目安として3万円なんだろうなという感じで1000円をどんどんとつぎ込んでいくと、気が付けば5万円つぎ込んでいるではないですか・・・
5万円つぎ込んで出ないなんて、って思いながら止め時かと思ったのですが、せっかく5万円つぎ込んで次の人が座って出たらいやだなという思いが出てきてさらに追い金をすることに。

20万円もあるのだから、とりあえずは一回は当ててから帰ろう、負ける日もあるっていう思いで打ち続けました。

しかしその台は、10万円を超えても出ず、15万円を超えても出ないという状況でした。

結局18万円をつぎ込んだ時、一大決心というより、私の気持ちが折れました。

何もあたりを引くことなく帰宅することになってしまいました。

その日以降、パチンコは行っても負けるという日が続き、結局今までの勝ってた分は、全てパチンコ屋さんに消えていきました。

だいたい勝つ時って、2000円とか5000円とか少ない投資で当たりはひくんですよね・・・
そういう状態で止めれば少ない勝ちですが勝ちは勝ち。

欲を出さずに、小額投資で勝負する方がいいと思います。

55歳 男性 私なりの競馬での遊び方法

私は現在フィリピンに住んでます。

もうすぐ丸6年です。

日本にいた頃は競馬が趣味でした。

中央競馬だけで、地方競馬はやってません。

私のやり方を説明します。

12月の有馬記念が終わったらインターネット用の口座に50万円入れます。

1年間それ以外は使いません。

50万円の根拠は、土曜日に5000円、日曜日に5000円。

一年間50週ですので50万円です。

WINSへ行ったり、競馬場へ行ったりもしましたが私はあの雰囲気があまり好きではありませんでした。

競馬場へ行っても馬券の購入はインターネットでやってました。

このレースは鉄板だ!と言われているレースでも常に中穴・大穴狙い。

だからほとんど負けます。

1レースに100円で5点程度買います。

このやり方だと、幾ら勝ったか、幾ら負けたかがはっきりわかります。

有馬記念が終わるときに口座残高が幾らあるかです。

50万円以上あれば勝ちだし、それ以下だと負けです。

だから、1年の途中ではあまり気にしません。

とは言え、半年過ぎて残高半分だと嫌になります。

心配になります。

一番安心できるのは3ヵ月に一度10万円を超える当たりをゲットする事です。

ある年、9月まで1度も当たらなかった時には、もう競馬はやめようと思いました。

しかし、9月10月の2か月で15万円を3回当ててしまいました。

ギャンブルだな~とつくづく感じました。

馬券購入ポイント特にはありません。

血統も詳しくないし、厩舎も調教師騎手も聞いたことはある程度。

馬柱の前走、前々走を一番見てますかね。

購入するのは、基本馬連、三連複です。

私のへなちょこ予想で3連単を買うこともたまにありました。

3着流しのフォーメーションです。

1,2着が鉄板でも3着次第で高額配当になるときだけです。

友人によくこの話をすると、毎年50万円なんか入れれないよ。

と言います。

実は、私が50万円入れたのは最初の1回だけなんです。

9年間連続勝ったんです。

年末に、50万円から僅かだけ増えてた時、或いは20万円以上増えてた時。

どの場合でも、50万円を超えた分しか出金しません。

お正月のお小遣い用です。

50万円は来年の為なので降ろしません。

ただ、まぐれなんです。

なんの保証もありません。

勝ち方のコツ?そんなものありません。

お勧めできるとすれば、お金の管理ができる事。

今日は勝った。

今日は負けたの繰り返しだと結局幾ら勝ったのか、負けたのか把握出来ない。

お金がふんだんにあるなら構いませんが私の場合はなかったからこの方法をやってみました。

私は、競馬は勝てますかと質問されたら負けます。

と言います。

回数で言ったら99%以上負けてますから。

33歳男性 コーヒーのギネス記録挑戦

30代男性です。

パチスロをこよなく愛する私が体験した恐ろしい話があります。

先日パチスロで大好きなジャグラーを打っていた時のことです。

幸いなことに私が座った台が高設定だったようでお昼すぎごろから座って大体1000枚くらいのコインが出ていました。

すると隣におばあさんが座りました。

どうやらおばあさんはパチスロをやるのが初めてのようでサンドに千円を入れることもおぼつかない様子でした。

打ち始めてすこしするとおばあさんのゴーゴーランプが神秘の光を放ちました。

ボーナスが当選したのですが、ボーナス図柄を揃えることができずにオタオタしていたので見かねた私がボーナス図柄を揃えてあげました。

するとおばあさんは感謝の言葉とともに缶コーヒーを持ってきてくれました。

なぜ、缶コーヒーをもってくるというマナーをわかっているのか不思議でしたが、ちょうどのども渇いていたのでありがたくいただきました。

するとおばあさんの台も高設定だったようでボーナス当選が続きました。

当然目押しができないので私が揃えてあげるとそのたびにおばあさんは律儀に缶コーヒーをもってきました。

光つづけるおばあさんのゴーゴーランプと積みあがるおばあさんのコイン、つみあがる缶コーヒー。

私もやめておけば良いのに律儀に缶コーヒーを飲んでしまいカフェインの取りすぎで死ぬところでした。

途中でほんとうに気持ち悪くなりました。

結局おばあさんは3箱くらいまで出して私は大量の缶コーヒーをカバンに詰め込んで帰宅しました。

この経験からなぜおばあさんや高齢者はなぜあんなにもヒキが強いのか考えるきっかけになりましたが律儀に缶コーヒーを買ってくれるような心の清い人間は天運があるんだろうなと思いました。

私は結局途中でビッグボーナス間1000はまりをおこしてしまい少量のコインを流して退散することになりました。

途中でおばあさんに対して「もうあたるんじゃねぇ!」と思った報いかもしれません。

もっと清い心をもてるよう精進したいと思います。

63歳 男性 ギャンブルで儲けてもギャンブルに返すだけ

現在63歳男性です、妻と子供がいますが子供は独立しました。

自営業で設備の仕事をしています。

今は,辞めていますが、30代からパチンコにハマってしまい、小遣いだけでは足らづ、カードローンにも手を出していました。

たまに勝つ時もありますが、3日もするとマイナスになっていました。

それでも辞める事が出来づ毎日通っていたのです。

そんな中で印象的な出来事が在りました。

何万円も負けて、最後の1万円になり5千円だけや打って帰ろうとした時に、とんでもない事が起きたのです。

朝から,打ってPM7時頃帰るつもり『海物語、沖縄』に座り打ち始めました。

アッと言う間に5千円がなくなり、一旦トイレに立ち後千円だけやることにしたのです。

するとノーマルで1回入りました。

打ち続けて出玉が無くなった頃、確変で入ったのです、これがとんでもない事の始まりです。

まづ10連してノーマルで入りこれで終わりかと思っていたのですが、さらに5連、またノーマルで1箱無くなる前にまた10連です。

段々緊張して、トイレに行きたくなったのですが、確変が終わらないのです。

25連した後は全て確変に代わってしまうのです。

ここまで出ると台が壊れたのかと思いました。

ホールの人が入れ替わり後ろに立って見ていました。

30連チャンを過ぎると周りのお客さんも見に来ていました。

ただこれで終わりではないのです。

更に10連、まだまだ更に10連チャン、トイレもギリギリです、もう終わって欲しのですがダメでした。

更に10連です。

ここまで迄来ると嬉しいのですが、緊張感で疲れてしまいました。

結局最終の音楽が鳴りお客が殆どいなくなりましたが、まだ確変中、閉店でストップしたのも確変中でした。

とうたる55連チャンです。

何十年も打っていて初めての事でした。

かなりの儲けで、帰りは地に足がついていない感じでした。

しかし、ギャンブルで儲けたお金は価値が無いのです。

結局ギャンブルで無くなってしまいました。

また、マイナスになり、返ってお金を使う様になってしまいました.

25歳 女 旅行先でオーラスパチンコ

友達と3人で3泊4日の新潟の旅行に行った時の話です。

私と友達2人は、新潟の駅に現地集合だったのですが

友達が少し遅れる、ということで
近くのパチスロで時間を潰すことにしました。

時間は開店から少し経ったころ。

まずは、千円でパチンコを打つことにした私は
友達からのLINEを確認しつつ
スマホに目をやりながら
打ち始めました。

そしたら、すぐにリーチ
それも大当たりの確率の高い演出で、大当たりはもうすぐそこ。

そして、おなじくらいにLINEが鳴り、友達ももうすぐそこ。

これは、と思いつつも
そんな甘い話はないだろうと

LINEを返そうとした時に

ピローン、大当たり

当たってしまった。

それも激アツなやつが。

すぐさま、友達に返すLINEの内容を変更し
いま暇つぶしに入ったパチンコが当たってしまったから
出終わるまで先に観光をしていてくれ。

と返事をした

単発の当たりで終わるだろうと
友達にもそういったが

出るわ出るわ、連チャンの嵐

止まらない、止められない。

私自身嬉しい反面
友達との旅行、しかも初日のこの時間から
別行動な上にパチンコを打っているという罪悪感を感じながらも

止まらないから、そのまま打ち続ける。

もう出切ったかな、連チャンも終わったかという頃に

また大当たり、連チャンの嵐。

おいおいおい、これは一体いつまで続くんだ。

今頃2人はどうしているんだろうか。

すかさずスマホを手にして謝りの連絡をする

私のそんな心情も無視するかのように大当たりの嵐は止まらない

午後の4時を過ぎた。

流石にそろそろ、もうやめたい

が、まだ出る。

まだ出そう

そんな台を、誰かに譲るのも癪だからやれるところまでやってやる。

なんて思えば、もう閉店に近い時間。

流石に、と思ったころにホテルから電話。

これが、やめるキッカケだと思いまだ出てる台から
やっと離れて、ホテルからの電話をとる。

そろそろ流石にチェックインをしてください。

そう、何を隠そうまだ友達2人にも会えてないし
ホテルにもチェックインしていなかった。

旅行にきて、なにをやってたんだ。

とおもいつつも
1000円投資で30万程度勝ってしまったから
色々その日がどうでもよくなった。

しかし、閉店まで打ってれば35万程は出たよなぁ。

とちょっと悔しい気持ちもあった

そのあと友達2人と合流したら
とことんバカにされ、そして、
とことんおごらされ

30万は旅行から帰るときにはすべて使い切っていました。

本当に印象的な、なんだったんだろうなエピソードでした

30歳男性 天国からの地獄を味わう

こんにちは、30代の男で会社員をしています。

ギャンブルで印象に残ったエピソードという事で、2015年の冬に起こった出来事です。

私はパチンコ、スロットが大好きで、毎日のように通っておりました。

その日はお店が本気を出すイベント日で、お客さんが何百と並んで待っていました。

私も同様に並び、
抽選で30番を引いて希望していたスロット台に座ることが出来ました。

朝から夜まで打ち続け、人生で初めて1日で20万円勝ちを味わう事が出来ました。

その日は非常に気持ち良く帰る事が出来て、翌日も興奮冷めあらぬ中、朝から同じパチンコ店へ入店してスロットを打ち続けました。

この日は全く当たりが出ず、イライラして熱くなっていました。

どんどんお金をつぎ込んでいき、財布の中身が軽くなるのが分かりました。

そして閉店まで打ち切り、財布を開けたときには、180円しか残っていませんでした。

20万円財布にあったはずなのに、たった1日で全て水の泡と消えてしまったのです。

この時の後悔と脱力感は想像を絶するものでした。

この記事を見ている方には、まず直ぐに熱くなる人はギャンブルは絶対に避けたほうが良いです。

負けを取り戻そうとする行為がどんどん泥沼にはまっていく事になります。

使う金額を決めてそれ以上は絶対に使わない覚悟で臨まないと、確実に負けます。

いくら前日に勝ったとしても、数日後には水の泡と消えてしまうのです。

そのようにならないためにも、冷静な判断と対応、リスク管理を徹底することがギャンブルで勝っていく最低限の条件という事を私ともども覚えていく事が大切です。

その後はお金の大切さを知り、賭ける金額をしっかりと把握して勝負を楽しむ程度にすることで、収支のバランスも大分安定をしました。

大勝ちばかりを狙っていては負けに進んでしまうのです。

皆さんもリスク管理をしっかりと行い、楽しめる程度のお金でギャンブルをしましょう。

借金してまでギャンブルをする事は身を破滅に導くので絶対にやめましょう。

36歳、男、マージャンで大勝ち

私は36歳の男性です。

北海道に住んでいます。

仕事は個人事業主でファンドのCEO兼現場最高責任者をしております。

私は今でこそ神通力を失いましたが、大学生の時、東京で就職したかったこともあって、東京で就職活動をしていました。

その時に麻雀で勝率38%の成績を残し、手持ちの資金を減らすことなく東京での生活を成り立たせていました。

役満をバンバン出したこともありましたし、シャンポン待ちで片方がカラでもう一方はションパイという状況で相手に1枚持たれていて最後のツモで吹き上がったりして3倍満をあがった事もありました。

正直その頃は、負ける事はありましたが怖くありませんでした。

なぜなら、自分の負けている時は限度を決め、オートマティックにやめていましたし、勝つ時は極限まで勝つというスタイルを取っていたので今日負けても大負けしなければ明日大勝ちして収支をプラスにするという事をしていました。

後悔している事があるとすれば、それはラスハンコールをかけないで「危ない」と思ったら、その半荘で「やめます」と言って即座に抜けたり、あまりにも極限まで勝ち過ぎた事、負ける時には上気した通りすぐ辞める事等を繰り返しいた事、マナーの悪さが災いし、出入り禁止になった雀荘が多いという事でした。

しかし、マナーはともかくフリー麻雀は「いつ入ってもいいし、いつ止めてもいい。

ラスハンコールを強制するのは雀荘側の傲慢」という不文律があります。

ですから雀荘側にも落ち度はあるのです。

麻雀だけにとどまらず、ギャンブルにはリスクが付きまといます。

雀荘だってそうですし、胴元は儲けがなかったら話にならないのです。

その為ゼロサム取引にはならないのです。

利食いと損切りのタイミングやオートマティックに決めてストップをかけられるようにしましょう。

それがあれば破産したり、大けがする事は無くなると思います。

また、やらないというのも一つの手です。

皆さんもギャンブルは計画的にしましょう。

44歳男、0円から1人焼肉デビュー

現在44歳、男。

今から4~5年くらい前の話です。

その時私は仕事が休みで朝の10時ぐらいまで 家でゆっくり寝ていました。

起きてのんびり朝食を食べてこれといってすることがないのでパチンコに行こうかと思い昼前ぐらいにパチンコ屋に向いて出かけました。

平日の昼間なのに思ってたより人が入っていて座れる遊戯台もチラホラしか空いていませんでした。

少ない遊戯台からこれがマシかなと思った台に座りました。

その台は朝から一度も当たっておらず、ぱっと見て釘の感じもイマイチだったので期待は出来ませんでした。

500円硬貨を入れて、さぁやろうかとしましたが玉が出てきません。

あれと思い500円硬貨をいれた玉貸機を軽くトンと叩きました。

すると500円硬貨は返却口から帰ってきました。

軽く詰まったのだと思われました。

また硬貨を入れようとした時、遊戯台から玉が出て来ました。

2、300円分くらいでしょうか。

それも詰まっていたと思われました。

ラッキーと思った時、たまがスタートチャッカーに2つ程入りました。

するとリーチがかかるじゃないですか。

これ当たったらラッキーだなと思った途端にスーパーリーチになりました。

まさか来るか?と思った時、来ました。

当たりが。

なんと出資金0円で。

まだお金いれてません。

おぉ、こんな日もあるか!と喜びながら打っていると、まさかの連続大当たり。

0円でしばらく遊べそうだなとニタニタしてたら、また来た大当たり。

いやぁ、ついてる。

あれよかれよという間に5箱貯まりました。

もう少し打ってみようかと思い5分程打った後、また大当たり。

しかも続く!もう少し、もう少しと打つたびに当たる!当たる!やっと止め時かなと思ったときは17時くらいでした。

周り見回してもこんなに積み上げた箱は僕くらいしかいませんでした。

『皆さ~ん、僕出資金0なのにこんなに当たっちゃいました~!』と心の中で叫びつつ、換金したら13万円越えていました。

その日は1人焼肉初めて行きました。

あの味は格別でした。

30歳女 カジノでビギナーズラック

数年前にカナダ、トロント留学中のことです。

日本に住む幼馴染が遊びに来たときにナイアガラの滝の観光に行きました。

ナイアガラは滝でけでなく、カジノも有名で、せっかくだから行ってみようということに。

留学中のため無駄遣いはできず、むろんカジノで豪遊なんてできないのですが、2人とも生まれて初めてのカジノでうきうきでした。

上限3000円で女の子らしく可愛らしく賭けようということに決めました。

2人であーだこーだと無駄話をしながらどんなゲームがあるのか見て回り、結局ルールが簡単なルーレットをすることにしました。

1回目は無難に赤だったか黒だったかに賭け、勝ちました。

無駄話をしすぎたせいでトロントに帰るバスの時間までせまってきており、ゆっくり楽しんでいる時間がなくなってしまったことに気づき、次で買ったものも含めて全部一気に賭けてしまおうということになりました。

2回目は全部賭けるにもかかわらず、赤か黒かではなく、数字を選んで賭けてみることにしました。

私はすべて母の誕生日の数字に賭けました。

するとなんと母の誕生日に玉がスッと入りました。

ビギナーズラックってやつです。

周りのプレイヤーみんなから拍手をもらい、ディーラーさんにさあ次はどこに賭ける?全部賭ける?と言わせましたが、もう帰らなきゃいけない時間でした。

カジノはオールナイトよとか、カジノで勝ち逃げはダメなんだよとか言われながらコインを受け取り、去りました。

そんなルールがあるのとは知りませんでしたがとにかく興奮しました。

換金すると2万円ほどになりました。

しばらくうれしくて興奮していましたが、逆にあーもっと賭けとけばこれがもっともっと膨らんだのにとも思いました。

株だったりギャンブルだったり、どうして少し買ったところでみんなやめられないのかと思っていましたが気持ちが分かりました。

買ったらまたその興奮を味わいたくなってまたやりたくなるんだたと。

欲がでてしまうんだと。

帰りのバスの時間が決まっていてよかったなと思いました。

カジノに行く機会があったら、金額を決めてそれ以上はつぎ込まないこと。

決めた金額が全部なくなってしまったとしても入園料だと思って楽しむのがいいと思います。

24歳、女二度目の結婚での妊娠中にえらく儲かった出来事!

37歳4兄弟のママをしています。

今も変わらずハマっている旦那と結婚し、
定期健診の帰りにふらっと寄ったパチンコ店へトイレに行くために来店。

用を済ませて帰ろうとした時に丁度その当時アラジン2エボリューションにハマっていて、
ちょっとだけ打ってみようと適当に着席し・・・
あの当時の台は最近の台とは違い初あたりが軽めだった気がします。

特にデータを見るタイプでもなく思ったところに座っていました。

それか、旦那の隣だとか、今では考えられない所で打っていましたね。

そして座って1000円でボーナスゲットし、
大好きな演出の数々プレミア演出も沢山出ていてドル箱2箱目までは
いつも通りの感じだったと思います、が・・・・いつまで経っても
終わらない止まらないんです。

でも楽しくて楽しくてそのうち
すごく店員さんが慌ただしく私の周りをうろうろしだし
扉の奥から樽箱を持ってきて
「すみません、別積みしてもよろしいでしょうか?」
と聞かれあっとゆう間に私の周りが樽箱まみれに、今では別積みといえば
島の端に優雅に積まれている光景をパチスロだとありますよね。

パチンコは今はドル箱を席後ろに積んでいるお店は少なくなってきています。

昔はそれがステータスでもあった気がします。

ですが、当時の私といえば周りにドル箱、樽箱でした。

そのまま6時間ほど、合間に休憩も挟みながらですがあっとゆう間に
すごいことになっていました。

交換所に着いたころには14:00を回っていたと
思います。

交換して手にした金額25万円以上正直楽しく打っていたので苦痛もなく
ただただ楽しく過ごした時間でした。

この頃の爆発力は最近の台ではなかなか難しいかと思いますね。

あの頃は爆発力もありながらも出玉率も高かったのだと思います。

出るスピードもあったと思います
なので暇な時間はいまに比べると少なかったと思います。

あくまでも私の体感ですが。

でも、この日の半分は旦那が違うパチンコ店で豪遊に消えましたとさ。

昔でゆうとほほ・・・です。

私がデータを意識しだしたのはごくごく最近でここ6年ぐらいだと思います
今も重要視はしていませんが(笑)
楽しくがもっとうです。

パチンコ店でもパートした経験もありましたが
とても楽しくすきな空間で好きなものを沢山みれたり共有出来るお客さんとの
会話も楽しかったですね。

堅実に勝ちたいので今はひらめきがない限りは、ジャグラーから打っています
ジャグラーの純粋なペカリは大好きです。

冒険するなら今ならGODですね、ハーデスも好きです
バジリスク絆相当好きですが、設定が入っていないと結構危ない時も
あるので注意は必要ですね。

たまに事故る時は一人心弾んでいますが・・・
何にしても勝ったら有意義な時間の為につかうのが一番ですね!
同じパチンコ店で散財だけはしないようにが一番です!

30歳 男性 3人打ち雀荘にて

現在は30代の男性です。

当時は30になる前だったでしょうか、会社の帰りに毎日のように通っている雀荘がありました。

関西ですので3人うちのフリーです。

日々、勝ったり負けたり終電になるまで遊んでいました。

いつのまにやらすっかり常連になり、他の常連さんとも仲良く会話するくらいになっていました。

よく同卓するサラリーマン男性がいたのですが、なかなかに手ごわく、良い対戦相手でした。

お互いに手筋を探り、押したり引いたり、白熱した麻雀を繰り返していました。

ある日のこと。

いつもと同じように卓につき、牌を並べて打ち出します。

するとその日は相手の手筋が見えるのです。

繰り返し繰り返し打ったためでしょうか、相手の手牌がどの辺にどの種類が固まっているか、どんな並べ方をしているか、なんとなく感じることができたのです。

その雀荘では金の牌が混じっており、祝儀対象でした。

ある局で、序盤にその金の牌(7ソウ)がその男性から切り出されました。

その瞬間、まだ完成してもいない相手の手牌の待ちが一点読みでみえました。

間8ソウ。

その直感に従い、8ソウを無理やり残しての七対子。

3人うちでは同一牌4枚使いの七対子が認められています。

みるみる集まる8ソウ。

全ての8ソウを使い切り、その相手のリーチをかいくぐって、直撃を取りました。

ドラを絡めて跳満の手だったかと思います。

「あ、なにかが完成したな。


そんな気持ちでした。

相手は苦笑いでした。

「嫁さんより俺のこと知ってるね。

それからは、なぜか徐々にその雀荘に足が向かなくなりました。

そのゲームで完成したものを壊してしまわないよう、もう触りたくなかったのかもしれません。

その後、転勤によりその雀荘から完全に離れました。

数年後、再転勤で戻ると、同じ場所に雀荘はありましたが店は変わっており、そのお客さんもいませんでした。

完全に思い出になってしまったのだな、と少しさびしく感じました。

いまでもその時と同じ感触には至っていません。

56歳女性、マカオのカジノでのビギナーズラック

ギャンブルは普段は全くしないのですが、7、8年前にマカオに旅行に行った時のカジノでの体験です。

遅い夏休みがとれたので、夫の誕生日ということもあり、マカオに滞在。

私は子供の頃に1回、夫は初マカオ、でした。

昔は町の中心に一つあるホテルで、こじんまりとカジノがあったのを覚えていたのですが、子供だったから、当然、カジノに入ることもなく、ツアーで行った他の人の話を聞いても、あまりパッとした話はありませんでした。

一人、大当たりした人が、直後にスリにあって、カジノで儲かった分がチャラになったので、かえって警戒心を持っていたくらいでした。

40年後のマカオ、当時の面影などあるはずもなく、一大カジノシティに変貌していました。

ベネティアンホテルの地下にある、カジノ、は巨大なファッションモールのようなスペースに果てしなくスロットマシーンなどのゲーム機が設置され、中国人観光客が老若男女問わず札束握りしめて、煙草の煙の中、ギャンブルに興じていました。

ここは、場末の庶民的なカジノ、って感じで、ただただチャイナパワーに圧倒されて、見学ツアーみたいに徘徊していました。

ここでは無理、と思い、地下続きでデューティーフリーを経由して、宿泊先のフォーシーズンズのカジノに移動。

ここは、欧米人もいて、もう少し、社交場という落ち着いた雰囲気で、ここならゆっくり遊べる、と、ビギナーでも遊びやすいスロットマシーンみたいなのを選んで遊んでいました。

予算を決めておかないと、キリがないので、日本円で2人で¥3000と決めて、ちまちまと、¥100単位で遊んでいました。

ここで遊んでいる中国人は大体1回の掛け金、最低でも¥1000くらいで遊んでいたようです。

もっと、お金に余裕のある人たちは、個室のVIPルームで100万単位で掛けていたようです。

見事、当たった時の買い物リスト用に、超高級腕時計のディスプレイが、あちこちにありました。

マシーンの使い方も日本語表記がないので、見よう見まねでコイン投入して、ボタン押して、一喜一憂。

大体5回やれば、1回は当たりが出て、元手がぎりぎり減らない程度。

離れたところのマシーンで同じような状況の夫の様子を見に行ったら、彼も1回¥200くらいの掛け金のコインを投入、ボタン押したら、突然、マシンの画面の電飾が光り出し、けたたましい音が鳴り響いたら、周りにいたカジノのスタッフが急に集まってきて、拍手喝采。

当事者2人は何が起こったのか訳が分からず、きょとんとしてました。

どうも、当たりが出たみたいで、元手¥200くらいが¥20000超え。

ビギナーズラックって本当にあるんだ、と大喜び。

でもスタッフまで大喜びというのが、妙にホンワカした感じで微笑ましかったです。

欲を出さずにここでゲームアップ。

ゲットした金額は、翌日以降のディナー代になったので、滞在費がかなり安く上がりました。

彼にとってはラッキーなバースデープレゼントになりました。

翌日もカジノへ出かけましたが、大当たりは後にも先にも、この初日だけ。

二匹目のドジョウ、はやっぱりいませんでした。

のめりこまなければ、ギャンブルも楽しい遊び、だということを体験できた旅行になりました。

27歳、男性、X JAPANでビギナーズラック

私は、長崎県在住のランサーです。

私は、高校を卒業してから約9年間東京で仕事をしていたのですが、その当時初めてパチンコに行った時のことをお話いたします。

当時の私は、公務員として働いており、ギャンブルなど経験したことがありませんでした。

しかし、そんな私がパチンコに行きたいと思う出来事がありました。

それは、私の大好きなバンド「X JAPAN」の台が出たことがきっかけでした。

私は、X JAPANのファンとして、全ての演出を見るまでパチンコを打ち続けることを決意し、休日に新宿駅近くのエスパスへ向かいました。

私は、開店30分前に到着したのですが、店の前には既に長蛇の列をなしており、殺伐とした雰囲気が漂っていて、近寄りがたい空気が漂っていました。

それでも私は、ファンとしての意地を見せ、開店と同時にX JAPANの新台へと駆け込みました。

無事、X JAPANの新台へたどり着いたものの、始めてパチンコを経験する私はどうやってプレイしていいのかわからず、店員さんに一通り遊び方を教えてもらうことにしました。

早速、台に1万円を投入し、意気揚々と玉を回すこと5分、1回目のリーチがかかりました。

そして、成り行きを見守っていると、見事に3つの数字が揃い、「紅」のイントロが流れ始めました。

その後も、次々に当たりを引き、気がつけば多くのパチンコ玉を獲得していました。

テンポよく当たりを弾いているうちに、5時間が経過し、一通り演出を見終わったので、換金しお店を後にしました。

結果、約7万円の利益を得ることができました。

しかし、その後私は二度とパチンコに行くことはありませんでした。

私はただ、X JAPANが好きなのであり、パチンコはどうしても好きになれませんでした。

あの殺伐とした雰囲気、タバコの匂い、騒音、そして何より、時間を無駄にしている感覚が嫌だったのです。

パチンコに限らず、ギャンブルとは、勝ちに行こうとすると負けてしまうものだと思います。

ただ純粋に、好きな台の演出を楽しむだけなら、私のように勝てるかもしれませんよ!

55歳 男性 初カジノでの先輩の教え

取引先の社長から教えて頂いた事です。

私は、住宅のリフォーム会社を経営していました。

取引先の不動産会社の社長から海外へカジノをやりに行きたいか?と聞かれました。

その方が、年に数回海外へカジノ目的で行っていたのは知ってました。

私は行ったことがありませんでした。

行きたいけど知らないし、飛行機代やカジノで使うお金もないし、と答えました。

行きたいなら連れて行くよ。

飛行機代は要らない。

カジノのお金だけあればいい。

とのことでした。

社長は登録してあるので招待されているそうです。

1名の同伴者もタダだから心配ない。

行きたいならすぐにパスポートの番号を教えてくれ。

先方で航空券を取るのに必要だそうです。

ただ、連れていくには条件がある。

守れるなら大丈夫。

守れないなら行かない方が良い。

信頼する社長のいう事だから当然守れますと答えました。

仮に、10万円カジノ用に持って行ったとしよう。

ホテルの部屋に7万円残して、3万円だけ会場に持っていきプレーしなさい。

その3万円がなくなったら、その日はプレーしない。

また、3万円が倍の6万円になった場合は一旦会場を出る。

そして、数時間後にまたやりたいなら3万円だけ持ってカジノ会場へ行けばいい。

日本で、我々がやっている仕事を考えてみろ。

1万円が1分後に倍になる事があるか?10万円が1分後の倍になる事があるか?

カジノってそういうもの。

当たるか当たらないかの緊張感を味わいたいだけなら何時間でも、幾らのお金でも好きにすればいい。

でも、我々はふんだんにはお金はないでしょ。

だったら、仕事の延長として考えればお金をどうしたらいいかわかるだろ。

いやいや、深い言葉だ。

実際にカジノ会場へ行ってみると。

プレーヤーを見てみると負けて熱くなっている人。

勝って勢いついて熱くなっている人。

様々でした。

クールにやっている人はかっこいいと思えました。

普段の仕事では、事前に何回も打ち合わせを繰り返しても最後の最後に受注できなかったりします。

どれだけ金額の高い案件でも成約に至らなければ「0」と同じ。

トータル10時間も20時間もこのためにやってきても「0」はゼロなんです。

ただ、次回の案件では成約できたりしますから、一概には言えません。

あくまでも、今回の件についてはです。

カジノってイメージが良くなかったけど、こういう考え方で臨めばまた違う気がしました。

カジノではバカラをやり、二泊三日で8万円が15万円になりました、
社長は50万円が196万円になりました。

40歳女 パチンコで効率よく勝てました

私は、40代のパートで勤務している主婦です。

パート先が水曜日休みで、主人は土日休みですし子供も夏休みとかでなければ学校へ行っているので、水曜日の昼間は一人で家にいて自由な時間があります。

なので、家事が終わると、息抜きで時々パチンコに行きます。

水曜日はどこのお店もそれほど混んではいないのですが、時々新台入替の初日になることがあります。

あるとき、私はその新台入替の日に遊びに行きました。

お店についたのが、だいたい10時くらいだったので、空いている台が少なかったのですが、それでも自分がやりたかった台に座ることができました。

その台は大海物語4という台です。

海物語シリーズはずっと好きでよく打つのですが、最近はライトタイプといって大当たり確率の高いもの(1/99とか)を打つことが多いので、久しぶりに低確率(1/319)を打つことにしました。

その台はすでに100回転くらい回してあったので、投資がその分少なくなるからラッキーと思って座りました。

すると、3,000円くらい投資したところで大当たりを引くことができました。

当たりが確変だったので、これで十分プラスになるし、もしこれで終わったとしてもまだまだ時間があるから、この玉で遊ぶこともできる、と思ったので、すごく嬉しくなりました。

すると、その後も確変を引いて、その時は5回当たりを引き、出玉は約4箱(当たりが1箱よりも少ない場合があるので)になりました。

まだ時間があるので、そのまま継続して打っていると、1箱の半分くらいのまれたところでまた当たりを引くことができました。

その時は単発の絵柄を引いたのですが、途中で確変に昇格しました。

確変に昇格すると、パールフラッシュという仕掛けがいきなり落ちて来て派手な演出になるので、とてもびっくりしましたが、再度確変を引けたので、嬉しかったです。

そこでもまた5回当たりを引けたので、全部で8箱くらいなり、大幅にプラスになりました。

それでもまだ時間があるし、それほどプラスなら少し突っ込んでも大丈夫だし、2度あることは3度あるかも、と思い継続して打っていました。

すると、1箱くらいのまれたところで再度確変を引くことができました。

その後も確変は続き、今度は8回大当たりを引くことができ、積み上げた箱は合計13箱になりました。

そこでさすがにもう出ないだろうし、時間もそろそろ帰らなければならない時間だったので、即やめて換金しました。

13箱あったので、だいたい90,000円ほどになり、投資が3,000円でしたので、87,000円ほどのプラスでした。

何より投資金額が少なくてこんなに勝てたので、とても嬉しかったです。

時給に換算すると2万円くらいになるので、いかに効率がよかったかと考えると、ほくそ笑んでしまいました。

でも、こんなに効率よく勝てることはほとんどないので、普段は少しでも勝てれば満足です。

これはあくまでもすごくうまくいった時の話です。

29歳男 金欠時にパチンコ店の前で拾った玉で逆転!

 こんばんは。

僕は29歳の男性です。

職業としては現在、自営業(フリーランス)をしております。

 数年前の夏の出来事です。

僕は当時、金欠状態で街中をフラフラ歩いておりました。

「あぁあ・・・お金もないし腹も減った。

何も面白くない」なんて考えて歩いていたと思います。

 ふと目の前を見ると、キンキンキラキラのパチンコ屋さんが目に飛び込んできました。

 僕は「あぁあ・・・パチンコするお金もないや。

今月は浮世の義理等で出費が半端なかったからなぁ」と思っておりました。

因みに50万円くらいの出費だったので、結構痛かったのです。

 何気なく下の方に目をやると、何かが光りました。

僕は「ん?な、何だ?」と目を凝らします。

 そうすると目の前に、シルバーの玉が1個転がっておりました。

僕は無意識にそのシルバーの玉を手に取ったのです。

 僕はここで「一か八かだ!やってやるぜ!」と思い、このシルバーの玉と所持金1000円で、パチンコ屋のパチンコ台の前に座ったのです。

 今思うと怖いですよね(笑)よくできたなぁ。

と思います。

 「このシルバーの玉と1000円にすべてをかける!」と思い、パチンコ台の操作を始めました。

 最初は中々うまくいきませんでした・・・「くそ!やっぱりだめか・・・このままじゃ栄養失調になる」なんて思っていたら、玉が入りました!

 僕は「よしよし!この調子だ!」と思っていると、何とフィーバー!

 1000円が1万円に化けました!ここで帰ろうと思ったものの、「男として引き下がれない!」という訳の分からない言い訳をして、またパチンコ台の前に(笑)

 この時の僕には運命の女神が微笑んでいたのか、またまたフィーバーしたのです。

 結局のところ、2時間くらいで10万円を手にする事ができたのです。

 金欠で食べ物がない人にとっては、最高の出来事ですよね!

 この時の心情としては、僕は神様なんて信じない人なのですが、「もしかしたら神様というものは本当にいるかもしれない」と思いました。

 こんなにタイミング良く10万円が入ってくるなんて!と考えたものです。

 後悔していることは、浮世の義理でも揺るがないように貯金をしておけば良かったとも考えたりしました。

 アドバイスとしては、僕のように運が良くてお金を手にできるならいいのでしょうが、やはりギャンブルなのでそうはいかない事が殆どですよね。

 よって上記にも書きましたが、少しずつでいいから貯金をしておくことが大切だと思います。

 自分も少しでもと思い、残せるときは残すようにしております。

30歳(当時)男、対人麻雀で無双モードを体験する

今から10年以上前の話です。

日勤と夜勤が交互に来るシフトで工場機械のオペレーターとして働いていた、当時の私。

その頃は麻雀にのめり込んでいて、腕は未熟ながら隣町の手頃な雀莊に通い詰めていました。

いわゆる”点2”のレートで、勝っても負けても電車賃が浮く程度。

ですがこのあたりの愛好者には、小額で楽しむ年配のベテランやプロ級の純粋なファン層もいるので、学ぶことも多かったのです。

夜8時から翌朝8時までの夜勤を終えると、仮眠も食事もとらず、着替えてすぐにその雀莊へ。

電車で40分、駅から徒歩15分のその店は、学生から高齢者までいつも賑わっていてメンツには事欠くことがありません。

その中で私の成績は、勝ったり負けたりトータルではほぼイーブン。

だいたいいつもは、ハウツー本で学んだ内容を思い出しながら打つのですが……
時々、信じられないような不思議な出来事が起こりました。

ほぼ休憩を挟むことなく、午前10時頃に入店してから午後8時近くまで、ノンストップで打つ麻雀。

しかも夜勤明けで寝ていないにも関わらず、です。

眠気は全くないのですが、思考能力が適度に弱まり「余計なことを考え過ぎずに打てる」のが好きで、こうした無茶をしていました。

「(この配牌ならこのアガリ形が理想、あれをツモったらこれを切ろう…)」
そんな予定をある程度立てながら打つのが普通ですが、考えるのがもう面倒になってしまい、いつしか手なりの即切りになってゆく。

考えるより早く手が勝手に動く、そんな状態が訪れる時があるのです。

「そんないい加減な打ち方では、好結果など出るはずがない」
麻雀を知っている人なら、こんな風に考えるのではないでしょうか?
しかし、そうではなかったのです。

まず配牌の13(親なら14)枚、これを一目見ただけで捨て牌にもう指がかかるのです。

そして第一ツモ牌を拾ってくると、「次に切られるべき牌がチラチラとこちらを見ているような感覚」に捉われ……
本当にまったく何も考えず、牌効率はもちろんトイツ場・シュンツ場の読みすら記憶から消え去ったような状態。

しかし手を進めてみると、いつの間にか最高の形でテンパイしており、しかもきっちりツモアガってしまうのです!
不思議なことに安手はまったくありません。

アガればほぼ満貫以上、「リーヅモタンピン三色」のハネマンあたりもバンバン飛びだし、東北回しの1ゲームで10万点(ハコなしルール)くらいの大勝も何度かやっています。

漫画などでよく、「切る牌が光って見える」などというオカルトめいた演出がありますよね?
あれがまさに、自分の身に起こったような状態だったのです。

こうした不思議な「無双モード」「天の導き」とでも言うべき現象、実は麻雀を覚えたばかりの高校時代から時々体験していました。

そしてこの現象は、じっくり考えながら打つ理論派タイプよりも、勘や勢いで打つような感覚派タイプに多いような気がします。

見たものを感じ取る能力が己の限界を越えて高まり、見た一瞬で最善手が閃くほどの領域に達した現象……
私はこう結論づけています。

なぜなら理論派は、思考ルーチンを挟まなければならないぶん時間的なロスが大きい、と思うから。

私が経験した無双モードは、考えるより感じるタイプの感覚派だからこそ起こり得る「感性の極致」のような現象ではないでしょうか。

20歳女性、ビギナーズラックでパチンコに買ったけど友達を優先

私には高校時代にとても仲の良い女友達が3人いました。

学校でもいつも一緒でしたし、放課後に一緒に遊びに行ったり、週末に一緒に遊んだり、テストの前には一緒に誰かの家に集まって勉強をする仲でした。

そんな私達も高校を卒業後は、就職したり、進学したりで、バラバラな所に住むことになりました。

私自身も実家からずいぶんと遠い都会へ就職しました。

でも高校を卒業してから約2年後に、みんなで地元で集まった機会がありました。

そしてみんなで一緒に食事をしながら、お互いの近況報告などで盛り上がって楽しく過ごした後に、みんなで映画を見に行こうということになりました。

でもその映画の上映時間まではまだ時間がありましたので、その間の暇つぶしにみんなで「パチンコに行ってみよう」と誰かが言い出して、みんなでちょっとだけのつもりで行きました。

私はそれまで父親や友達について行って、人がパチンコをするのを見ていたことはありますが、自分自身がパチンコをするのは初めてでした。

ですからやり方があまり分からなかったのですが、店員さんや親切なおじさんが教えてくれたので、球を購入して台を選んでパチンコをやってみました。

最初はただ球が下の穴に落ちて行くだけだったのですが、一度、当たりが出だした後は、どんどん球が増えて行って、パチンコ台のランプが激しく付いて、音も大きくなっていきました。

すると周りに友達やお店に来ていたおじさん達が私のパチンコ台の周りに集まってきました。

でも私はまったく初めてのパチンコの経験でしたので、どうしたら良いのか分からずにとりあえず、そのままパチンコをし続けました。

そして球はどんどん増えて行きました。

でも「映画の上映時間までの暇つぶし」のために行ったパチンコでしたので、勝ち続けている途中なのに、パチンコを止めなければいけませんでした。

それは勿体なかったけど、その時は友達と映画に行く約束をしていることを優先しました。

そしてその時に勝ったお金は友達にも分け与えました。

その後に映画をみんなで見に行きました。

高校時代の友達と久しぶりに一緒に過ごした時間はとても楽しくて良かったです。

でも、もしあのままパチンコを続けていたら、もっとお金を稼ぐことが出来たのではないかとちょっと心残りでした。

きっとビギナーズラックで勝つことが出来たのだと思います。

21歳男 府中競馬場で会ったバンブーメモリーとビギナーズラック

お世話になります。

50歳男性会社員です。

ギャンブルで印象に残ったエピソードを紹介します。

私が21歳で大学生だった頃、日本の世はまさにバブル景気でした。

当時、私は東京の武蔵野市在住の大学生で、大学の近くに府中競馬場があった影響もあり、大学の仲間と一緒に何度か足を運んでいました。

但し、地方出身の私は、お金がなかったので、見ているだけでした。

見ているだけでも、府中競馬場は、とても綺麗で気持ちが良くて、私のとっては、競走馬専用の動物園のような気分で、サラブレッドの息の粗さや動向を間近で眺めつつ、実は綺麗な女性も多かったので、色々な意味でリフレッシュできる場所でした。

一緒に行っていた仲間達は、当然、競馬がメインなので、お金を賭けて、一戦一戦に一喜一憂していました。

その週末も、また大学やバイト先の仲間と一緒に府中競馬場に居ました。

サラブレッドは本当に綺麗だと感心していました。

そんな中、一頭の馬に心が奪われました。

それがバンブーメモリーだったのです。

バンブーメモリーは、あきらかに他の馬とは違って、その落ち着いた雰囲気と持って生まれた気品を感じました。

その時は、馬のことは詳しくなかったので、どんな馬なのかはさっぱりわかりませんでした。

ただ無性に、魅かれるものがあったことを覚えています。

綺麗な青い芝やレース場もさることながら、私がこの府中競馬場で一番好きな場所、それがパドックだったのです。

パドックで見たバンブーメモリーに私は賭けました。

初めての競馬にお金を賭けた時でした。

掛けた金額は500円。

それでも貧乏学生だった私にとっては、なけなしのお金で、初めての馬券を購入しました。

買う前に仲間達からは、もうバンブーの全盛期は終わっているから、掻けない方がいいよとか、これからはオグリキャップだよとか言われ、バンブーメモリー1点買いは大反対されました。

それでも、何かに取りつかれた様に、私はバンブーメモリーを信じていました。

まさに一目ぼれです。

馬券は、購入方法にも1頭に賭ける単勝と呼ばれるものと2頭に賭ける複勝と言うものがあったらしいのですが、そんなことは知らず、バンブーメモリー単勝買いでした。

そして、結果は見事にバンブーメモリーが優勝し、20倍以上が当たり、1万数千円が手に入りました。

今思えば完全に所謂、ビギナーズラックでした。

訳がわからなかったけど、あの時のバンブーメモリーの表情やしぐさから感じたものは正しかったと、今でも思っています。

とにかく、人生で初めて買ったバンブーメモリーの馬券が当たり、500円が1万円以上になって嬉しかった。

実は、その後、調子に乗って、バンブーメモリー中心に馬券を買い続けました。

毎週毎週、通うようになりました。

結果は散々足るもので、大損し始めて、生活が困窮し始めたので、もう競馬場には行かなくなりました。

たまたま勝ったビギナーズラックに酔いしれた自分が馬鹿でした。

たまたまビギナーズラックで勝利したとしても、勝って兜の緒を締めよ。

調子に乗ってはいけません。

気を付けましょう。

でも、バンブー牧場は名馬を出し続けていますね。

素晴らしいです。

名馬オグリと同世代だったことが、悔やまれます。

でも、私はいつまでもバンブーメモリーファンです。

バンブーメモリー、お世話になりました。

いつまでも夢をありがとう!

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Pocket

Your Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

x
2月28日は一粒万倍日(投資が万倍になって戻ってくる)
PAGE TOP ↑